「すぐに行くわよ。各自、自分の身は自分で守る事。いいわね?」
 全員が何らかの道具を持っているのをざっと確認すると、 メンバーを引き連れて西校舎へと向かった。
「柚香、怪我人は?」
「保健室に運ばれたらしいわ。ただ、出血してて、ソコの場所に落としてるらしいのよ」
「ふーん、なら、浄化もしておかないと駄目ね」
 走りながら息も乱さず会話をする二人。
 そのまま3階への階段を上がろうとした南は、ふいに悪寒[おかん]に襲われた。
 びくりとして立ち止まる。
「…いるわね」
 このまま全員で向かうのは、必ずしも得策とは言えない。
「芦澤、姫木と浜松を連れて南校舎側から上がってくれる? ミッション7を下敷きに使うわ」
「了解。結界は?」
「3分後に展開するわ。橋塚、いいわね? じゃ、時計合わせるわよ。いい? …3、2、1、Go !!」
 3人が2階の渡り廊下を走って行くのを見遣って、南は他のメンバーと共に3階へと向かった。 ざわざわした感覚が強くなって、鳥肌が立つ。
「残り1分」
 廊下へは出ず、階段で待機しながら時を読む。
「橋塚、準備は?」
「だ、大丈夫です」
 眼鏡の青年は緊張した面持[おもも]ちで、こくりと頷[うなず]いた。
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1…Go !!」
 1年の橋塚を先頭にして渡りへと飛び出す。黒い霧[きり]のようなものが目の前に浮かんでいた。 その足下には血溜まり。
 橋塚は袋に入れていたビー玉のようなものを取り出すと、それに向かって数個投げた。
 何かに反応し、共鳴するとそれを中心に散り、陣が敷かれて結界か展開される。
「第1段階終了ね。行くわよ !!」
 ウエストポーチのベルトに備えていた短刀を構えると、悪霊へとダッシュをかける。
 …が、刀が届くその手前で、バチリと何かに弾かれ、南は受身をとって転がった。
「部長 !!」
 体勢を整えて相手を見る。
「な… !?」
 電気の点[つ]いていない渡り廊下で、バチリ、と結界から放電する様が見てとれた。 黒い霧は何かの形を成し、張られた結界が軋[きし]みを上げる。
「ヤバっ…」
 距離をとろうにも、今からでは間に合わない。
「部長、しゃがんで下さい !!」
 瞬間、聞こえた声に南は慌てて足を折った。その上を何かが通り過ぎ、結界へと向かう。

「解き放つはかくなる文字。力放ち展開せよ !!」

 姫木の声がびりびりと響き、結界の内側で炎が上がる。
 それを好機と寺元が木片のようなものを撒[ま]き、今ある結界の外側にもう一重結界を張った。
「橋塚 !!」
 寺元の大声に、橋塚は封印具を持って、きっと霧を見据える。

「永く世界に在[あ]るもの。惹[ひ]かれ、彷徨[さまよ]いしもの。宿りし場所を求めしもの。 尊[とうと]き世界の生み出し欠片[かけら]に今、汝[なんじ]が願うべき場所を」
 声高に呪[しゅ]を唱え、手にした鉱物を霧へと投げる。
 それが中心へと届いた瞬間、空間が歪[ひず]み、『それ』が呑み込まれるのが見えた。
 固唾[かたず]を飲んでなりゆきを見守る部員たちの代わりに、 廊下の蛍光灯が何事もなかったかのようにぱちぱちと点いた。
 それを合図にコツコツと靴[くつ]を鳴らして近づくと、南は血溜まりに浮かぶそれを注視した。
「…封印完了、みたいね」
 その言葉に部員の肩から力が抜ける。
 1番脱力したのは、封印を行った橋塚だ。南の言葉を理解するや否や、廊下にへたり込んだ。
「よくやったじゃない、橋塚。さすがポスト寺元ね」
 次期対悪霊用武器のスペシャリストとして寺元にしごかれている橋塚は、 はははと力の抜けたままの笑みを浮かべた。
「姫木もありがと。助かったわ」
 反対側から合流した3人に手を振る。
「ご無事で何よりですわ」
「見境なく突っ込んでくのは直らないよな、東都は」
「見境は、一応つけてるつもりよ」
 呆[あき]れたように言う芦澤に、南はむぅと唸[うな]った。
「今だって、触れてないでしょう?」
「浄化する前の血に触れないのは当然だろう。威張ってどうする」
 口喧嘩[くちげんか]になりそうな雰囲気を察して、柚香がすっと割って入った。
「さ、それじゃさっさと浄化しないとね」
「そうだな。他のヤツが惹[ひ]かれて来ないうちに片さないとな」
 寺元もそれに加わり、場の空気を変えた。
「橋塚、浄水[じょうすい]を」
 寺元に言われ、橋塚は道具袋からペットボトルを取り出した。
 呪を唱え、手早く浄化を行う。
「…じゃ、それを浄化層に納めて、撤収しましょ。浜松、捨てていい布とビニルの手袋もらってきて。 それから寺元、社会科学習室、閉めてきてくれる?」
「はい」
「了解」
 2人を見送って、南は部員に向き直った。
「上級生は戻ってていいわよ。柚香、芦澤と一緒に報告書をお願いするわ。あ、 姫木も一緒に手伝って」
「了解。」
「はい」
「橋塚は、あたしと一緒に浜松が戻ってくるまで待機ね」
「わかりました」
「あ、東都、コレやるよ」
 忘れていたものを渡すしぐさで、芦澤が南の手の上に軽いものを置いた。
「何? コレ。…お守り?」
 紙袋から取り出したそれは、神社で売っているようなお守りだった。
「妙な所で危なっかしいからな。やるよ。誕生日だろ? 今日」
 何気なく言う芦澤に南は少し驚き、それからおもむろに告げた。
「…昨日よ?」
「え……(汗)」
 固まる芦澤に、南はふっと笑んだ。
「んでも、ありがと。もらっとくわ。じゃ、書類お願いね」
 ひらひらと手を振って、後始末にとりかかった。





 その日以後、南の鞄[かばん]の中には長く件[くだん]のお守りが、あったとかなかったとか。
 しかしそれを持っていても、『何か』に巻き込まれる事は多々あったらしい。
「平和な日々は遠いわね」
 窓の外に広がる景色に諦[あきら]めにも似た呟[つぶや]きがひとつ、こぼれた。



The End.






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