「窓おっけー、机の上おっけー、電気&換気扇[かんきせん]おっけー♪」
 本日の活動を終えて戸締りの確認をすると、南は入り口の鍵をかけた。
 生徒会提出用の書類が残ってしたので、少しだからと部員には先に帰ってもらったのだが、 思ったよりも時間がかかってしまった。
 夕日はもう、建物の向こうに沈んでしまっていて、空の端は紺色を帯びてきている。
「さっさと帰んないとね」
 バスがすぐに来てくれればいいのだが。
 思って校門にさしかかったその時。
「東都」
 名を呼ばれてそちらを見遣ると、先に帰ったはずの芦澤が、丁度校舎から出てくる所だった。
「芦澤? 先に帰ったんじゃなかったの?」
「ん、いや、忘れもんを取りに特別教室に行ったんだがな、 そこでちょっと哲次郎[てつじろう]さんにつかまってな…」
「ああ、例のお説教ね」
 特別教室のひとつ、理科実験室の骸骨[がいこつ]の標本、哲次郎さんは、 昼間でも生徒や教師と気安く言葉を交わす霊のひとりである。ただ、つかまると話が長く、 「昔はどうだったが今はここがイカン」など年寄りじみた説教が始まるので、 そうそうつかまってもいられない。
「にしても、東都もずいぶん遅くまでいたんだな。遠慮しないで言えば、俺だって手伝えただろ?」
 不機嫌そうに言う芦澤を、南は珍しい物でも見るように見上げた。
「…何だよ」
「んー。芦澤がそんな事言うなんて、天気雨でも降って来るんじゃない?」
「あのなぁ…」
「ゴメンゴメン。でも、芦澤っていっつも『書類なんて』って嫌がってるじゃない」
「ん、あ、まあ…。『部長にだけ全部押しつけて』ってのも良心が痛んでな」
「あれ? 芦澤に良心なんてモノ、あったの?」
「東都―――〜〜っっ」
 くすくす笑って、先を進む。
「なぁ」
「ん?」
 振り向いたその顔は、昏[くら]さの中でよく見えなかった。
「東都はさ、ドコの大学受けるんだ?」
 このごろよく訊[き]かれる質問。来年になれば、今よりもっと切羽[せっぱ]詰まる問題。
「ん――、その時の成績で行けるトコかな」
「推薦[すいせん]は?」
「ああ。でもウチって推薦大したことないじゃない? それに、 あんなのすっごい優秀な人しかできないじゃない」
 学校へ与えられる学校推薦も、自己推薦も、成績がすべからく良くないと難しいのだ。
 部活動だって、学校のためにはなるけれど、スポーツ等で表彰状をもらえるわけでもない。
「東都、成績悪くはないだろ?」
「んー、でもねぇ。『絶対に行きたい』ってトコがあるわけでもないのよね」
「理想高そうだよな、東都って」
「理想とかいうのもちょっと違うんだけど」
 自分の未来はまだ、不確定でヴィジョンが見えない。興味のあるものはあるけれど、 もっと先まで考えると、それを選んでよいのかもわからない。
 道はたくさんあるけれど、まだ決められずにいるのだ。
「あッ !! バス !! あたしアレだから先に行くわね」
「あ、おう。またな」
 やって来たバスに、南は慌てて停留所へと駆け出した。
 だから、芦澤が後姿を見ながら呟いた言葉は聞こえなかった。


「同じレベルになるには、もっと勉強しないと駄目だな」

 二人の道が決まるのは、数ヶ月先の事。



The End.






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