アヒサクラ





 その坂には桜が咲いていました。
 両脇に桜の木々が並ぶことから、その坂は『桜坂[さくらざか]』と呼ばれていました。
 はらはら舞う白い花びらに、わたしは目を奪われて、ただ立ちつくしていました。
 はらはら、はらはら風に、舞い……

「そんなに見つめていると、桜に魅入[みい]られてしまいますよ」

 声がして振り向くと、そこには男のひとが立っていました。
「桜にはね、人を魅了[みりょう]する力があるんです。だから…」
 男のひとは苦笑して、わたしに近づいて来ました。
「そんなに見つめていると、桜に魅入られてしまいますよ」
 お気をつけなさい。
 男のひとはそう言い残すと、どこかに行ってしまいました。
 はらはら舞う、白い花びら。
 わたしはその言葉の意味も知らず、家へと踵[きびす]を返しました。

The end.




あとがき…らしきもの。

「逢桜−あひさくら−」の素です。
書いてたルーズリーフを発掘したので載せてみました。
一人称も「わたし」なくせに、かなり感じが違いますね。

2002.1.


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