ナイショの話






「ファルウさんて、フィリアさんが好きなんですか?」

 私がそう訊ねた瞬間、目の前の美しい人は口に含んだ紅茶を思いっきり吹きだした。
 あー、高級な葉なのにもったいない……。
 少し咎めるような視線で、つい目の前に座るファルウさんを見やった。 苦しそうにげほげほと噎せた後、まだ少し動揺したような顔でこちらを見つめ返してきた。
「あー、それさ、誰から聞いたワケ?」
 いつも冷静な人が、ここまで狼狽えるのは面白いなぁ、と思いながら私はにっこり笑って答える。
「そんなの決まってるじゃないですか」
「やっぱりあのド阿呆か」
 こめかみ辺りに手をあて、ひくり、と口元が盛大に引きつる。この人の、こんな表情も珍しい。
 でも相当頭に来ているらしく、手にしたカップの取っ手が砕ける音が小さく聞こえた。
 ……あのカップ、お気に入りだったのにな。
「ファルウさん、せめて私の前だけでも阿呆呼ばわりは止めて欲しいんですけど……」
 そう、話題に上っている人は私がこの世で一番大切に思う人。なじられて楽しいわけがない。

「………可愛いアンシェの頼みだ、努力致しましょう」
 たっぷり二分ほど沈黙した後、ファルウさんはそう云った。
「あれでもアンシェにとっては最愛の人だからな」
 ファルウさん、一言多いです。
 そして最愛≠強調するのは止めて下さい。
 恥ずかしいじゃないですか。
 いつもの癖でどんどん顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。 ファルウさんを見ると、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべて私を面白そうに見やっていた。 明らかに私の反応を楽しんでいる。
 悪い人ではないのだけれど、この根性がひん曲がった所だけはどうも……。
 どうにかならないだろうかと思うものの、おそらく無理だろう。 と云うのも、当の本人はしっかり自覚した上での確信犯だし、それをどうにかできそうな方々も黙認している。 状況はまさに八方塞がり。
「……ファルウさんの意地悪」
「何とでも」
 できるだけ恨めしそうに云ってみるが眉一つでさえ動かせることはできず、 結局ムダな努力に終わってしまった。
 けれど私の問いにファルウさんが答えていないことを思い出し、もう一度訊ねてみる。 すると、ここだけの話だから、と云って教えてくれた。
「……まぁ、どういう種類の好きかはさておき、フィリーが私にとって大切な人である事に間違いはないよ。 それは私の中で、絶対に変わることのない純然たる事実だ。
 けれどそれが好きか、と訊かれれば答は微妙だな。 素直に好きだ、と云えるほど純粋でもないし、性根が真っ直ぐなワケでもないからね」
「でも結論から云うと、好きなんですよね?」
 畳みこむように私が云うと、その人は苦笑した。
「アンシェのそう云うところには敵わないな。 まさにその通りさ。もちろん、どういう種類の好きかを度外視してだけど」
 そう云って茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせる。それからそっと私の唇に人指し指をあてた。
「だけど、この話は二人の秘密」
「どうして、ですか? ちゃんと好きなら好き、って云ってあげればいいのに」
 私がそう云うと、ファルウさんは困ったような顔になる。
「さっきも云っただろ? 素直に好きと云えるほど人間ができてないって。 それにね、アンシェ。この話は私の弱みなんだ。 だってフィリーには、いや、フィリーだけじゃなく他の連中にも絶対に知られたくないもんでね。 だから、弱み」
「じゃぁ、どうして?」
 そんな絶対に知られたくないような弱みを、どうして私に教えるのか。
 それが不思議でならない。
 それが顔にでたらしく、ファルウさんは二つ理由がある、と云ってくれた。
「二つの理由?」
「そう。まず一つ目は、何だかんだ云っても誰かに知っておいて欲しかった。 二つ目は、アンシェなら良いかな、って。そんだけ」
 ひどくあっさりした調子でファルウさんは私に告げた。

 どうして私なら良いのか、その理由をしつこく尋ねてみたものの、 結局ファルウさんには答らしい答えを返してもらえなかった。 ただぽつりと、私はオアシスだから、とだけ云った。
 オアシス、砂漠の泉。
 どうして私がそんな大層なものなのだろう、と私はしばらくの間ずっと首を傾げていた。



   ≫End






リクエストは「ファルウとアンシェがまともに会話している所(赤面抜き)」だったはず。
真緒ちゃんありがとう。
何でもアンシェは最強らしいです(笑)。いや、実力の話ではなく(苦笑)。

えーと、イラスト見て頂いた方に言っておきますが、 ファルウとフィリアは百合ではありません(きっぱり)。
ファルウの恋人はアレですので。あそこの関係も複雑らしいです。



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