☆星☆



 ちゃりん。
「うわあ」
 テーブルの上に音をたてて出てきたお金をみて、ユラは思わずそんな声をこぼした。
 260円。
 あると思っていた千円札がない。
 ユラは財布をテーブルの上で何度も振ってみたが、 ひらりと出てきたのはさっき弟のハネにソフトクリームをねだられて買ったときのレシートだけだった。
「うわあ」
 横から背伸びしてテーブルの上をのぞいたハネも遅れて同じことを言った。 しかしこちらはただ驚いている兄の真似をしているだけで、べつに驚いているわけではない。 まだ5歳のハネにはお金の価値はまだわからない。その証拠にハネはすぐに右手のソフトクリームに戻って、しあわせそうにまた食べ始めた。
 ユラはそののんきなようすをうらめしく感じつつ、テーブルの上の260円に視線を戻した。
 260円。
 家に帰る電車代にも足りていない。
 どうしよう。
 これじゃプレゼントも買えないし、帰ることもできない。
 今日はクリスマスなのに。
 去年壊れた、ツリーのてっぺんにつけるお星さまを買いたいのに。
「大きくなるとクリスマスにはプレゼントを交換するんだ」
 今日の朝、兄のコウノが紙袋を持って出かけるのを見て、何を持っていくのかカヤが聞くと、彼はそう答えた。
 袋の隙間から中身をのぞかせてもらうと小さなタータンチェックのテディベアがちょこんと座っていた。
「大好きな人に素敵なプレゼントをするんだよ」
 コウノは嬉しそうににっこりと笑うと、ユラに見せることすら惜しむようにすばやく紙袋を閉じた。
 そのコウノのようすがあまりにも楽しそうなので、ユラは自分もプレゼントを誰かに贈りたくなってしまった。
 ユラももう小学4年生になったことだし、今年のクリスマスはプレゼントを誰かに贈ろう。
 そう決めるとそれだけでわくわくしてきて、コウノが出ていくの見送るとすぐに自分の部屋にこもってプレゼントについて考えた。
 まず、プレゼントは誰にあげようか?
 大好きな人なんて多すぎて1人には決められない。
 コウノも大好きだし、他の兄弟だってそうだ。お母さんにお父さんはもちろんだし、 友達だってたくさんいて、できるならみんなにあげたい。
 そこでユラは家族みんなにプレゼントすることにした。
 友達にあげられないのは残念だけど、ユラのお小遣いにだって限りがあるからしようがない。友達には来年あげることに決めた。
 プレゼントは去年のクリスマスにシャンパンを開けるときに失敗して、割れてしまったツリーのてっぺんのお星さま。 あれなら家族みんなが喜んでくれるに違いない。
 そう思って、一緒に留守番していたハネを連れて買い物にきたのに、
「260円じゃお星さまなんて買えないよ」
 ユラはどうして良いかわからなくて、テーブルの上に突っ伏した。「ユラ兄、どしたの?お腹イタイ?」 とハネが顔を横からのぞきこんできたが、ユラは下を向いたまま「大丈夫」とだけ答えた。ハネはそのあともしきりと話しかけてきたが、 適当に相槌を打っているだけのユラにそのうちハネはあきらめて静かになった。
 ユラは手探りでポケットの中になくなった1,000円札がないか探してみるが、何度ジーンズのポケットを探ってみてもない。
 使った覚えもないのに、どこに行ったんだろうと考えているうちに、ふと横のハネが静かすぎることに気付いた。
 慌ててがばりと身を起こすと、ハネの影も形もない。
「ハネ!」
 ユラは辺りを見まわしながら名前を呼んでみたが、返事もなければ、姿も見えない。
 黙って下を向いてしまったユラに飽きて、どこかに行ってしまったに違いない。。
 クリスマスの北野はいつもよりも人が多い。しかも今いる北野坂は北野の中心ともいえる場所のために、他のどの通りよりも混雑している。 迷子になったら絶望的だ。
 ひょっとしたら誘拐犯だって中にはいるかもしれない。
 そうしたらハネは女の子みたいな顔をしてるからきっと誘拐されてしまう。
 ユラは不安にかられて泣きそうになりながら、ハネの姿を探して北野坂に出た。 北野坂は人が多すぎて近くのお店すら見えないくらいだった。特にユラの身長では大人がこんなにいてはハネがすぐ近くにいても見えないに違いない。 そう思ってユラは近くにあった太いポールにのぼると、流れる人々の川を上から眺めた。坂の下の方はまだ人が少なく、そちらにはハネはいないようだった。 坂上の方はというと、人が多すぎて人の頭とその上に枝を垂れたはだかの街路樹しか見えない。
 ポールから身軽に飛び降りるとユラは坂の上に向かって、人ごみをかきわけて駆け出した。 背中のカバンがユラをせかすようにはずんで背中を押したけれど、いかんせん人が多すぎて進めない。
それでもなんとかハネを探してきょろきょろしながら、坂の上の方に向かっていると、道の真ん中にコック姿の巨大なピンクの猫がいた。
 着ぐるみの中に入っているのが相当大きな人なせいか、コック帽をふくめたその身長は2メートルをゆうに越えているだろう。大きな頭が人ごみのなかからひょこりと抜きん出て見える。 その顔にはぎょろりとした大きな目、びしびしとのびた6本のひげがあり、頭の帽子からはレゲエダンサーのような毛がこぼれている。
 お世辞にもかわいいとは言いがたい猫である。
 しかも人で埋まった坂の真ん中あたりをやる気ないようすでぶらぶらと歩いていた。もはや不審とすら言えるその猫を避けて、人波すら二手にそこでわかれていた。
 しかしユラは天の助けとばかりにその猫の傍に行き、その太いピンクの手を掴んだ。猫はそうとう驚いたらしく、身体を強ばらせて勢い良く振り返った。 無表情の顔が目前にきて、ユラはわずかにひるんだ。が、今はそんなことに怯えている場合じゃない。
「これくらいの白いコートに青いマフラーをまいた男の子見ませんでしたか」
 ユラは自分の胸のあたりを手で指して聞いた。すると猫は身体もこちらにむけ、ユラに正面から向き直って動かなくなった。顔に表情がないので、まったく相手のようすがわからないが、どうやら考えているらしかった。
「弟なんです。顔は女の子みたいなんだけど、髪はぼくよりちょっと短くて――」
 そこまでユラが言ったときに、猫がぶうんとばかりに身を翻した。あまりに勢いが良かったものだから、シッポが後ろにいた女性のわき腹にあたって、女性が短い悲鳴をあげた。 けれど猫はそれにかまわずに、ピンクの3本しかない指で青春映画の主人公さながらにびしりと坂のわき道を指して、顔をユラに向けなおした。
「ありがとう!」
 ユラは猫に礼を言って、教えられたとおりの道に入った。
 すると人は少し減ってずいぶん歩きやすくなったものの、ハネは相変わらず見つからない。
 本当に誘拐されてたらどうしよう。
 ハネがいなくなったらクリスマスどころじゃない。
 こんなことならプレゼントなんて買いに来なきゃ良かった。
 神様、おねがいだからハネを返してください。ぼくにハネを見つけさせてください。
 ユラは祈りながらきょろきょろと道を歩いていった。丁寧に道端の雑貨屋さんも1件1件中をのぞいて、ハネがいないことを確かめながら進んだ。
 すると突然、アコーディオンの奏でる楽しげな音が聞こえてきた。引き寄せられるように、そちらへとユラが道を折れると、今度は聞きなれた歌声もする。
 音と声に導かれているうちにユラは風見鶏の館や萌黄の館の前の広場に出てきた。 レンガの敷き詰められた広場のベンチはすでに満席で、その真ん中にはたくさんの人が集まっていた。声はその中から聞こえてくる。
「ハネ!」
「ユラ兄!」
 ユラが人の輪の外から叫ぶと、嬉しそうなハネの声が返ってきた。それを機にアコーディオンの音楽が止んだ。
 ユラは人の輪を押し分けて前に進み出ると、ハネがパタパタとユラの傍に駆け寄ってきた。
 ユラは怒ろうかと口を開きかけたが、ほっとしたせいで声を出すよりも涙のほうが出てきそうだったので、何も言わずにハネの手を握った。
 ハネはその手を嬉しそうに上下に振りながら、後ろを振り返って言った。
「これがユラ兄だよ。何でも知ってるんだよ。ほんとにすごいの」
「そうか。それにしても良かったじゃないか、お兄ちゃんに会えて」
 ユラが顔を上げるとハネの後ろには真っ白なヒゲをふさふさと生やした、まるでサンタクロースのようなおじいさんが顔を皺だらけにして微笑んでいた。 その肩には赤い大きなアコーディオンがかかっていて、これがさっきの音楽のもとらしかった。
「ありがとうございました、弟を見てもらってて」
 ユラがきちんと頭を下げると、おじいさんは乾いてひんやりと冷たいその手でユラの肩に触れた。
「いや、むしろ礼を言いたいのはこちらだ。この子のおかげでたくさんの人に足を止めて聞いてもらうことができた」
 おじいさんはそう言ってさらに微笑むと、脇に立っていたハネにかぶっていたソフト帽を手渡した。
「これを持ってぐるりと回っておいで、お金をもらったら、ありがとうって言うのを忘れてはいかんよ」
 ハネははじめてのことにすっかり面白がって「はーい」と元気良く返事をすると、言われた通りに端から順番に人の輪をソフト帽を手に歩いていった。 その帽子には次々にちゃりんちゃりんとお金が入れられていく。ハネは休みなく「ありがとうございます」を繰り返して、嬉しそうににこにこと回って、ユラとおじいさんのいるところに戻ってきた。
 集まった硬貨でずしりと重くなってわずかに変形したソフト帽をハネはおじいさんに手渡した。おじいさんはそれを受け取ると、空いていた手を帽子の中に入れて一掴みした。 それをゆっくりと自分のポケットに納めると、まだたくさん硬貨の入っているソフト帽をハネに差し出した。
 ゆうに数千円は中身が残っているであろうソフト帽にハネが嬉々として手を伸ばしたのを見て、ユラは驚いて叫んだ。
「ハネ、もらっちゃダメだ!」
 ハネは熱いものでも触ったかのようにさっと手をひっこめた。怒られたと思ったのか、今にも泣きそうな顔をしている。
 ユラはそんなハネの頭を「ごめん、怒ったんじゃないよ」と撫でてやってから、おじいさんに向き直ってきっぱりと言った。
「もらえません」
 おじいさんは不思議そうに聞き返した。
「どうしてこれはこの子が稼いだものだ」
「それでもこんなにたくさんはダメです」
「私の分はしっかり頂いた。君も見ていただろう。半分こだ」
 それにしたって今、ユラの前にある金額は多すぎる。誰が入れたのか1,000円札も数枚入っている。
ユラが堂々巡りの会話に困っていると、
「ユラ兄はお星さまが欲しいんだよ。ツリーのてっぺんにつけるやつ。あれを買いにきたんだよ。だからユラ兄はお金はいらないの」
と、ハネが横から訳のわからない助け船を出した。 おじいさんはハネに「そうかそうか」と何度もそれにうなずいて聞いた。
「それでお星さまは買えたのかな」
 ハネはそれに小さな顔をさらに小さくするかのように顔をしかめて答えた。 
「それがお金がちゃりんってして、ユラ兄がうーってなって、買えないの」
 さっぱり理解不能にしか聞こえないハネの説明だったが、おじいさんはわかったらしく、ハネの手に1,000円札を1枚握らせた。
「これでお兄ちゃんはうーってしなくてよくなるよ」
「本当!」
 ハネはもらった1,000円札をぎゅっと握って、ユラの顔を見上げた。しかしそこにあるのはハネの期待した笑顔ではなく、 困りきって眉間に皺をよせた表情だった。
「うーってなってるよ」
 ハネはがっかりして、自分も兄と同じような表情になっておじいさんに助けを求めた。 しかしおじいさんも頑固なユラに少し途方に暮れているような表情を向けた。
 そんな表情をされても、見知らぬ人からお金なんてもらえない。
 ユラは首を振って、その意思をおじいさんに伝えた。するとおじいさんは「よし」と言って、アコーディオンを地面に下ろして2人の正面で姿勢を正した。
 そして、
「よし、ここはひとつわしが魔法をかけてやろう」
と言うと、両手をユラとハネの頭に載せて何やらぶつぶつとつぶやきはじめた。ハネはおじいさんの言葉を信じきって、ぎゅっと目をつぶって何が起こるのか待ち構えた。 ユラはそんな弟を見て、その手の1,000円札を見て、前にいるサンタクロースのようなおじいさんを見た。目が合うと、おじいさんはそのただでさえ皺の奥の目でユラに伝えた。
「これだけは持っていきなさい」
 その目はきっとサンタクロースもプレゼントを届けているときはこんな目をしているんだろうな、とユラが思うほど優しく、真剣だった。 ユラはそれ以上はおじいさんも譲らないであろうことを悟って、素直にこのプレゼントのようなハネからの収入を喜ぶことにした。
「えい!」
「わあ!」
 おじいさんの掛け声にあわせて目を開けたハネは隣りの兄が笑っているのを見て、「すごいすごい」とおじいさんの手を握って飛び跳ねた。 おじいさんもそれにあわせて腕を振って応えた。そうするとまるで2人はワルツを踊っているみたいになり、そんな2人を見にまた人が少し集まってきた。
ユラはその輪の先頭で2人がくるくると回るのを見ながら、今日はとびきり素敵なお星さまを買おうと強く思った。
今日のこの奇跡みたいな出来事を忘れないようにとっておきの大きなお星さまを買おうと。


* あとがき *

 実はシイナはあとがきを書くのが書物のなかで一番苦手なのです。何度か書いてみたのですが、とてもではないけど人様に見せられるようなものではありませんでした。 だから公表するかたちでは今日がはじめてのあとがきです。(緊張)
どうしてそこまで苦手なあとがきをこうして書くことにしたかというと、ちょっと今回の話には誤解を生みそうな箇所があったので、それについて少し。
 まず、今回のお話はこれまで2つHPにUPしているハネとシャナのお話の時間を数年遡ったお話です。つまりハネの子供のころってことですね。(今でもガキんちょですが)
 それから『☆星☆』の途中でユラがハネの行方を聞いたあのピンクの猫、あれは残念ながら北野にはいません。あれがいるのは現在シイナのいるロシア、サンクトペテルブルクです。 気になる方はぜひこちらまで来てみてください。ネフスキー通りを歩いていれば必ず会えます。よく疲れてぼうっとつっ立ってますが、近付くとのそりのそりと動き出すので注意してください。 かなりのセンスの悪さを感じる猫なんですが、むしょうに気になったので登場させてみただけでした。なのに、奴ときたら思いのほか動き動きはじめたので焦りました。あやうくユラとハネ食われそうでした。(涙)
 また友達に交渉してデジカメが借りられそうなら、隠し撮りして彼の姿をHPにUPしたいです。
 それでは説明も終わったことなので、この辺で。読んで、気にいっていただけたら幸いです。ただし、これは雪山みのりちゃんへのキリリクなので、転送だけはやめてくださいね。
 ご意見、ご感想はいつでも大歓迎ですv作品に関する質問、叱責、批判、訂正なども、もちろん受け付けてます。それこそシイナの成長の元なので、ぜひ送ってやってください。
 ではでは。

シイナヒア 12/01/2002


ふふふv 810(ハトの日のお生まれなのですね)げっとしてしまいました。
可愛いですユラ。ちみっちゃいですハネv
北野の坂の感じが出ていて、とても好きですv
心温まるお話を、ありがとうシイナさんッv
これを書かれたシイナさんのサイトはこちら。(←閉鎖されました)

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