stars


 見上げた。
 そこには満天の星があった。

「いっつも下ばっかり向いてるんだね」
 誰かが言った。私の目の前で言った。
 私は彼がどんな顔をしてるかなんて知らない。見ないから。
 人のカオなんて。ココロなんて。
 見たくないから。
 でも、声だけは聞こえる。声だけは覚えてる。
 本当は何も聞きたくなんてないのに。
「私が何を見ようが私の勝手」
 絶対に顔を上げずに。呟いて、私は彼の隣をすり抜ける。
「いっぱい、見落としてるものあるんじゃない?」
 下を見てても、教科書もノートもテスト問題も見れるよ。
 そんなこと、言い返す気にもなれなかった。
 真冬の塾。夜遅くまでの講義。北風が吹いてる。
 話してる間なんてないの。要らないの。
「一度でいいから。思い切り上見上げて、深呼吸してみなよ。気持ち良いよ」
 そんなの関係ないよ。私には関係ないよ。
 あなたは私には関係ないでしょう。
「……そうすれば岸君みたいに頭良くなれるの?」
 人のカオを、見なければ。
 こんな傷つけるような言葉でも言えるのよ。
 相手が傷ついているところ、見なくてすむから。
 塾内だけじゃなくて、全国内でもトップクラスの秀才の声は。いやでも耳にこびりついて離れない。
 そこは、絶対に自分の届かない位置だから。
「そう。こんなこと教えてあげるの川端さんだけだよ」
 声色を一つも変えずに、岸君はあっけらかんとして言った。
 秘密をこっそり打ち明ける子供のように。はしゃいでいるようにも聞こえた。
 見え透いた嘘。
「嘘だと思ってるでしょ?」
 見え透いてたのは私も同じか。
「良いから、今日は格別だよ」
 気づいた時には、遅かった。
 両手で無理やり頭つかまれて、思い切り上を向かされていた。

 まず感じたのは、首が痛いだとかそんなことで。
 次に、感じたのは。
 抵抗する気力もなくすほどの世界。
 
 冬の冷たい空気の中で、燦然と輝いているのは、星。
 3つ星が並んでる。
 オリオン座。
 他にも、私が知らないような星が、いっぱい。
 力いっぱい。輝いてる。
 こんな、建物が立ち並んでる街中でも。
 負けないように、光ってる。

「俺、天文学者になりたいんだよ。だから、これが俺の頑張る源で、頑張る力」
 私が抵抗しないこと、わかったのか、岸君は私の頭から手を離した。
 私は空しか見ていなかったけれど。岸君は隣で同じ様に星を見てる。きっと、見てる。
「俺は川端さんがなんでそんなに勉強ばっかり頑張ってるかは知らないけれど、俺と川端さんの 違いはこれぐらいだと思うよ」
 これぐらい、が何を指してるか、岸君は説明することはなかったし、私もわかってた。
 私には星がないから。
 目指すものがないから。
 岸君が言いたかったのは、多分、そういうことなんだろう。
 私はまた俯いた。岸君のカオはやっぱり見ないようにした。
「……もし何か見つかったら。俺にも教えてね。俺、教えたんだから」
 岸君は笑って言った。ポンと私の肩を叩いて、帰ってく。
 見たこともないのに、声だけでその笑顔が想像できるのが不思議だった。


 私はもう一度、見上げた。
 多くの星が輝く夜空を見た。

 私の源はどこにあるんだろう。
 それは自分で探すしかない。
 岸君が私に残した問題は、今までのどんな難しい証明問題よりも難解。

 私にとっては、頑張る源にはならないけれど。
 俯くだけではわからないことを教えてくれた、空だった。


野木 麻琴さんの所でアンケートに答えると、こんな素敵な小説が
フリーになっていましたので、かっさらって来てしまいました。
求めるものを知ることは、難しいけれど。それでも見ない振りをして後悔するより、 しんどくても探して、悔いの残らないようにする方が良いと思うのです。
良いですよね、前向き主人公さん。 こんな素敵なのが読めて幸せですです

コレを書かれた野木さんのサイトはこちら
小説たくさんございますよ




TOP   CLOSE   NOVELS   MAIKA