リトルメイ 明けない日




 ごうごうと耳鳴りがする。深い、低い音は、意識の端[はし]に引っかかって、 眠りの底から浮上する感じ。煩[うるさ]いような、いっそ清々[すがすが]しいような。 どちらともつかない感覚。
 鼻先をかすめるのは、懐かしい『水』の匂い。草の茂った匂いも混じっている。
 何だか少し肌寒くて、メイは布を肩まで被[かぶ]せながらぼんやりと目を開いた。
(暗い…)
 夜は明けているのだろう。ぼんやりとした光はあるのだが、それでも薄暗い。
 顔に当たる、枕[まくら]代わりの荷袋[にぶくろ]。下にも布を敷いているものの、 寝心地のあまり良くない、硬[かた]い地面。
 昨日は洞窟[どうくつ]で眠ったのだと思い出し、布を被ったまま身体を起こす。体温が少し高い。 包まれた布の、けだるいぬくもり。傍[そば]で焚[た]いていた火は、 燻[くすぶ]りも残さず消えていた。
 ごうごうという耳鳴りは、まだ止まない。
 入口に目を向けて、メイはその理由に納得した。
(雨か…)
 寝床[ねどこ]から抜け出して、メイは入口ギリギリまで身を寄せた。 冷たい空気が纏[まと]わりつく。
 激しい豪雨。地面に跳ねた雨粒が、メイの素足に降りかかった。
 ごうごうという、雨。白い無数の糸は、世界にけぶって景色を隠す。目の前に、 幾重[いくえ]にもベールがかけられた感じがする。
 それらを受けとめ、育[はぐく]まれる大地。

 …雨。水の変化する姿。

 地に吸われた雨は、やがて集まり川となり、池や湖や海へと移動してゆく。そしてまた、 いくつかは雲として空に昇り、別の土地へと落ちるのかもしれない。
 メイは片腕を豪雨の中へと伸ばした。たちまち雨水に覆[おお]われ、 雫[しずく]が跳ねて周りへ散った。
 体に纏わりつく、水。
 メイはそのまま、誘われるように雨の中へ身を躍[おど]らせた。
 激しい激しい、雨。
 他の音など聞こえない。激しい雨音。打ちつける水の痛み。体温が奪われて、 指の先から冷たくなってゆく。
 どこか遠くでそれを感じながら、それでもメイの心は歓喜していた。
 『水』に触[ふ]れられ、喜んでいた。
(姿がいくら変化しても、本質は変わらない)
 雨に打たれながら、メイはそう感じていた。
 自分の本質は『水精』。このまま雨に打たれていたいと望むけれど、冷たくなってゆく身体の、 何と不自由なことだろう。
 白に近い空色の髪と身につけている衣は、水を吸って身体に貼りつき、気持ちが悪い。
 このまま長くこうしていれば、冷えた身体から体調を崩[くず]すかもしれない。 そんな考えがぷくりと浮かぶ。一人でいる今、それは望ましくないだろう。 どこか冷[さ]めた頭で判断し、メイは洞窟の中へと身を戻した。そう思えるようになった自分が、 どこかおかしかった。
 消えていた火を起こし、身体を拭[ふ]いて服を乾かす。
 手を動かしながら、メイは以前のことを思い返していた。
 雨に打たれたから水気を飛ばす。
 そんな事は考えられなかった。暮らしていたのは森の泉。『水』は自分の一部だったから。 綺麗だと褒めてくれた長い髪も、貼りつく事なんてなかったし、 逆に雨は喜んで迎え入れるものだったのだから。
 変わったのは、この身体になってから。『人』の身体になってから。 年をとらない少女の姿になってから。他を呪う力の影響で、本来の姿を失ってからのこと。
 後悔はしていない。
 『許せないこと』も世界には在[あ]るから。
 あのひとを失って、許すことなんてできなかったから。
 自分が元に戻れるのは、あのひとに逢えた時。それが、約定。
 それで、いい。
 いつ逢えるかなんてわからないけれど。それでも自分は会いたいから。
 だから、探す。世界中探すから。どれだけ年月がかかっても、探し出すから。だから…
 パチリと木のはぜる音に、メイはふと我に返った。
 先程よりは幾分[いくぶん]穏やかになった雨音。
 けれど、途切れる事なく続く雨は、出口を封じ、閉じ込める。
(今日はここで足止めね)
 思って壁に背を預ける。
 白く、世界を閉ざす雨。
 上がるのは、まだまだ先になりそうだった。

The End.






あとがき…らしきもの。

リトルメイの小話です。
『雨』で考えていた所、彼女が出てきてくれました。
舞台は<中間の地[クレプトス]>。本編はぼんやりした形はありますが、長編になる模様ですので、 突き詰めてはいません。けれどさわらが登場予定なのは仮決定しています。 彼女はどんな時代でもOKなので、この話でも出てくるのです(苦笑)。
→ここからネタバレ含みます。大丈夫な方は反転かけて下さいませ。

リトルメイ…。まだ達観する前の話ですね。リトルメイには色々と悩んでもらいます(鬼)。
彼女、水精の時は幸せだったのですが、横恋歩されて恋人さんを目の前で殺されるんですよ。
それで怒って呪いをかけるけれど、『人を呪わば穴二つ』。自分にも影響が出た、と。
こういう状態です。
リトルメイが彼の生まれ変わりに会えるのは、この時点ではまだまだ先ですね。きっと。
20年は先なのではないでしょうか。
あ、リトルメイ、本文では「メイ」と表記してますが、同一人物を指しています。

←ここまでネタバレ含みます。
…私の話のヒロインって、ツラい経験するのが多いですね(汗)。
『世界』シリーズではルナもレイ・ナンシェもシセン様もそうですし、 ユトラシルのクーリィもですね。エクラインのロゼットも実は…ですし。 バカップル代表な翠雨だとか神楽だって、くっつくまでは悩んでもらいましたからね(苦笑)。
私に恋愛からめたものを書かせると、どうやらヒロインさんは大変らしいです。…まァ、 からめてないのでも大変なの多々ありますがね(汗)。
では、ここまでお付き合いありがとうございました。「雨」を少しでも感じて頂ければ幸いです。
皆様に幸多からんことを祈って。

2002.6.



TOP   CLOSE   NOVELS   MAISETSU