夜参り




 所々にぼんやり灯[とも]る、街灯の薄い光。近づくにつれて大きくなる太鼓の音に足を止めて、 麻夜[まや]は山を見上げた。反対側を見下ろせば街の明かりが煌々[こうこう]と光っているのに、 山側に光は見えない。階段の向こうにも、頼りなげな明かりがぽつりと灯るだけである。 麻夜はかじかむ指先に息を吐[は]いて、懐中電灯を持ってくればよかったかも、と少し後悔した。

「これをお納[おさ]めして、新しい破魔矢[はまや]とお札[ふだ]、 それからお守りを買ってきてちょうだい」
 いつもは母親がお参りしていたのだけれど、 年明け早々から左足を捻挫[ねんざ]している状況ではとてもあの階段は上れない。 そこで今年は麻夜に白羽の矢が立っていた。

 山の中腹にある八幡[はちまん]様。
 幼い頃、祖母に連れられてお参りしていたから道は知っているけれど、今はひとり。 しかも日が沈んでから家を出たものだから、歩く路地[ろじ]も心細い。冷える夜道に遠い太鼓。 住宅街に響く太鼓は、参拝者が叩[たた]いているのか、不規則で予測がつかない。 その音に包まれて、麻夜は斜めになっている石の階段を上っていった。
 神社の明かりが見える頃には、太鼓の音だけでなく、 テープで流れる雅楽[ががく]も聴こえてきていた。 それに導かれるまま最後の急な階段を上り終えると、小さな太鼓を叩く小学生ぐらいの男の子と、 その傍[そば]のたき火にあたるおじさんたちが目に入る。
 おじさんたちに軽く会釈[えしゃく]をして鳥居をくぐり、奥へと向かう。 甘酒を呑むおばさんたちを横目に見ながら、麻夜は古い破魔矢とお札を納めて、本殿にお参りした。 初日だからか人が少ない気がする。本殿の左横に建つお稲荷[いなり]様にもお参りして、 麻夜は本殿の裏側へとまわった。裏側にはさらに急な階段があって、奥殿へと続いているのだ。

 麻夜は少しためらってから、奥殿への階段を上った。一番高いこのお社[やしろ]は、 小さな明かりが頼りなく灯るだけで、麻夜の他に人影もない。お財布から十円玉を取り出して、 チャリンと賽銭箱[さいせんばこ]に放り込むと、鈴を鳴らして拍手[かしわで]を打った。 お願いを心の中で唱[とな]えてふと横を向くと、知らない男の子が立っていた。 年は麻夜と同じぐらいだろうか。ふわふわの白っぽい癖毛[くせげ]が妙に目につく。
「こんばんは。」
 ダッフルコートの男の子は、そう言ってにこりと笑んだ。
 驚いて反応のできない麻夜に、男の子ははい、とカップを差し出した。 白い液体からは温かそうな湯気が上がっている。
「こんな奥までお参りするなんてエライよね。近頃、ここのお社までお参りしてくれる人って、 あんまりいなくてさ」
 言ってにこにこと笑む。
「これは僕からのご褒美[ほうび]。冷めないうちに飲んじゃってよ」
 あんまり屈託[くったく]なく言うものだから、麻夜はそれを受け取って、一口飲んだ。
「……甘酒?」
 じんわり体が温まる。先程おばさんたちが呑んでいたのを思い出した。
「あなた、ここの人?」
 麻夜の問いに快く頷[うなず]く。
「うん、すっごい関係者。で、キミも今から関係者」
「え?」
 飲み干した空のカップを持つ麻夜は、意味がわからず首をかしげた。
「それってどういう…」
 言いかけたその時、突然力が入らなくなって、麻夜はその場に崩[くず]れ落ちた。 それを男の子が受けとめる。
「だって『祝い酒』飲んだだろ? だからキミは、僕のお嫁さんになるんだよ」
 ひょいと抱えて階段から宙へと飛ぶ。
「『神様のお嫁さん』になるんだから、感謝してね」
 沈みゆく意識の中で、麻夜はそんな声を確かに聞いた。





 祭りの夜、ある少女が神隠しにあったのは、今から数年前のこと。






The End.



あとがき…らしきもの。

フィクションです。
はい、フィクション(作り話)です。モデルは八幡様の厄除[やくよ]けのお参りですが、 本気にしないで下さいね。
雪山は毎年行って、そして無事に帰ってきてますから(笑)。だから景色とか太鼓とか、 甘酒売ってたりするのは本当ですが、最後の行はツクリですからね(汗)。まぁ、 このサイトの話は100%フィクションですが(笑)。

夜のお参り大好きです。雪山は家族と一緒に行くのですが、 あの普段とは違う雰囲気がたまりませんvv 太鼓、2001年のお参りも叩きましたv …あ、 菅原道真[すがわらのみちざね]公のお社の描写がないのは、入口側にあるので、 あのお社は破魔矢とかお守りとか買ってからお参りするのですよ。なので今回は出てないです。 …言っておきますが、モデルとなっている八幡様はそんなに大きくありませんよ?  場所も山の中腹ですし(苦笑)。

さてさてこの話は、椎楠 緋吾様に八幡様のお話をリクエストした時に、 私の中にぼんやりとあったものです。いや、ラストが決まっていなくて、 どうなるかは見えていなかったのですがね(苦笑)。人外のものが出てくるのは、 神社までの階段のような場面が浮かんでいたのですが(しかも稲荷)…。 そう、男の子の外見もわからなかったので、今回は別の話の子の外見を使っています (その子もイナリ・苦笑)。麻夜の名前もその話から来てたりします(あわあわ)。 全く別の話なのになぁ。あはは(←笑ってごまかそうとしているらしい)。
しかも書いたの実験プリントの和訳中だし(←オイ)。だって先生の声も訳してる人の声も、 あんまり聞こえないんですもの。…もう一度訳さないと駄目ね、 速度論・ミカエリスメンテン式(涙)。
隣に座ってた友人に読んでもらった時(やっぱり和訳中・汗)には、 「かわいい」とか言われましたが、私の中では「unhappy end」です(汗)。だって、 残された家族はどーなんですか!? 神さんだからって、気に入ったからって、 人さらいするのはどうよ!? とかちょっと思ってしまいました。
うー、今年は喪中なので、お参り行けるのかしら? …ちょっと疑問。
ではでは、おつき合いありがとうでした。

2001.12



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