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「そういえば」
ふと思い出してポケットに手をやると、そこには硝子[がらす]のつるりとした感覚。
「いけるかしら」
手の中に取り出して、南は小瓶の蓋を開けた。
深呼吸をひとつして心を鎮め、気合を入れる。そしておもむろに言葉を口にした。
「空間を支配し、強く世界に在るもの。世界に溶けず、形成すもの。そは世界の欠片[かけら]。 そは世界の内に在るもの。されど、我が手にあるは望みし『世界』。汝[なんじ]、 『世界』を満たさんや。汝が名は創造主[せかいのあるじ]」
南の言葉に反応して、手の中の小瓶が熱を持つ。それと同時に、取り巻く世界が変化した。
闇が歪[ゆが]み、光が射し…
手の中の小瓶が重くなったその瞬間、南はきっちりと蓋をして、 胸ポケットに入れている御札[おふだ]をぺたりと貼りつけた。
「封印完了」
「…部長?」
かけられた声にそちらを向けば、相馬が呆然と南を見ていた。
「何だったんですか? 今の」
「<遮断者>よ」
「シャダンシャ?」
知らない単語に眉を寄せる。
「<遮断者>は<遮[さえぎ]るもの>よ。滅多に出なくて今まで対処できてなかったんだけど、 今回封印できて運が良かったわね。ヤツに遭遇[そうぐう]した人の中には、 精神的にヤバくなった人もいたみたいだけど…」
音も光もない世界に突然放り込まれるのだ。長時間そんな中にいては、 精神がおかしくなる人が出ても不思議ではない。
「東都ッ !! <遮断者>は !?」
廊下の向こうから大声で呼ばれて南が視線を向けると、芦澤が道具袋を手に駆けて来る所だった。
「遅かったわね。封印したわよ」
「そうか封印…って、え !?」
驚く芦澤に、南は小瓶を見せた。透明だった硝子の小瓶は、中が黒いもので満たされていた。
「マジかよ」
呟[つぶや]いてその場にしゃがみ込む。
「丁度、封印瓶持ってたのよ」
「何だよソレ。せっかく部室まで走ってきたっつうのに」
苦笑して言うと、芦澤は恨みがましいような目を向けた。
「持ってた事、忘れてたのよ。けどトレーニングになって良かったんじゃないの?」
「それにしたって…」
ぶつぶつ文句を言う芦澤を無視して、南は相馬に向き直った。
「あたしはコレ納めてくるから、芦澤と相馬は書類の方お願いね。お昼食べてる途中だったから、 ちゃんと食べたいの。よろしくね」
「はい。賀田[かだ]先輩にチェックしてもらった方がいいですか?」
「あ、そうね。柚香[ゆうか]にチェック入れてもらって」
「俺も途中っちゃ、途中なんだが」
「…芦澤。んじゃあ『もう一走り』浄化層[じょうかそう]まで行って来る?」
南の一見天使のような笑みに、芦澤は顔を青くして首を振った。
浄化層は鎮めの結界が張られていて、校内のいちばんすみにあるのだ。走っても片道5分はかかる。
「それじゃ、よろしく。また放課後にね」
ひらひらと手を振って、南は浄化層へと向かった。