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気になって南は箸を置いた。
食べかけのお弁当に蓋[ふた]をして席を立つ。
「行くの?」
「うん、行って来るわ」
「お昼ごはん食べ損ねないように、昼休みの間には戻って来なよね」
「さんきゅ。」
『いつものこと』と自分の行動をわかっている友人に笑みを返して、南は放送室へと向かった。
「あ、部長」
丁度、放送室の前で鉢[はち]合わせたのは、部員の相馬 拓人[そうま たくと]だった。
「あら。相馬も来たの? さっすがウチの部員ね」
笑顔で言って、ドアへと向き直る。
トントントンッ。
「すみません」
ノックをして声をかけるが、中から反応は返ってこない。
「しょうがないわね。開けるわよ」
相馬が頷[うなず]くのを確認すると、南はガラリとドアを開けた。
と途端[とたん]に中から黒い『何か』があふれ出した。
「 !! <遮断者>ッ !?」
逃げる間もなく『それ』に呑み込まれる。
「相馬 !?」
慌てて振り返るも、もはや何も見えない。
「うっわー。ヤバいわね。パニくってなきゃいいけど」
<遮断者>はその名の通り、世界との交信を遮断する者。
居る場所は変わらないけれど、声は吸い込まれて届かないし、 もちろん向こうからの音もこちらに届いて来ない。視界も闇の中にいるようで、何も見えない。
自分は<遮断者>を知っているから良いものの、 今年入部した相馬が下手にパニックに陥っていなければ良いのだが。
「にしても、どーしようかなぁ」
護身用に持っていた小瓶は朝に使ってしまったし、武器らしい武器は手元にない。
「ったく、1日に2つも出るなんて…。えーっと<遮断者>に遭[あ]った人は―――――」
部長になる際に読まされた膨大な資料の記憶を探る。
「<遮断者>、<遮断者>…。確か、少なくない割合で精神異常が認められ……って、え?」
背中に寒いものがはしる。
「精神異常なんて冗談じゃないわよ。早く何とかしなきゃ」
焦るものの、良い案は思い浮かばない。
周りを満たすのは暗闇。音のしない空間。
「こんな所に長時間閉じ込められてりゃ、そりゃあオカシくもなるわね。でも、 本当にどうしようかな」
そう呟[つぶや]いた瞬間、目の端で何かが光った。
「 !?」
光はまたたく間に大きくなり、あまりの眩[まぶ]しさに南は目をつむった。
「っしゃ、封印成功」
馴染[なじ]みの声が聞こえて目を開けると、闇は消え、放送室の内部が映っていた。
「大丈夫か?」
声をかけられ振り返れば、そこには悪霊退治部[ゴーストバスターズ・クラブ]副部長の芦澤 透[あしざわ とおる]の姿があった。その手に握られているのは、対悪霊用武器のひとつ。相手の封印に使うもの。
「芦澤?」
「<遮断者>が出たらしいって聞いてな。部室まで行って来たんだ」
荒く息をつく芦澤は、全力疾走[ぜんりょくしっそう]でもしたのか汗をだくだくと流している。
「…ありがと。助かったわ」
礼を言うと、芦澤は得意げな笑みを返した。
「部長」
「ぅえっ !?」
呼びかけられて向くと、相馬が側に来ていた。
「うわびっくりした。…大丈夫だった? 相馬」
「はい。けど、何だったんですか? 今の」
「ああ。<遮断者>よ」
「シャダンシャ?」
「<遮断者>は<遮[さえぎ]るもの>よ。滅多に出なくて今まで対処できてなかったんだけど、 今回封印できて運が良かったわね。ヤツに遭遇[そうぐう]した人の中には、 精神的にヤバくなった人もいたみたいだけど…」
言って、放送室をのぞき込む。呆然としている放送部員らしき生徒が4人。
そのうち一人が立ち上がり、こちらへと向かってきた。
「あの…?」
「あ、悪霊退治部です。<遮断者>は封じましたんで、もう大丈夫ですよ。あ、報告書作成に、 アンケートの協力お願いしますね」
放送部員にそう告げると、南は二人に向き直った。
「あたしはソレ納めてくるから、芦澤と相馬は書類の方お願いね。お昼食べてる途中だったから、 ちゃんと食べたいの。よろしくね」
「はい。賀田[かだ]先輩にチェックしてもらった方がいいですか?」
「あ、そうね。柚香[ゆうか]にチェック入れてもらって」
「俺も途中っちゃ、途中なんだが」
「…芦澤。んじゃあ『もう一走り』浄化層[じょうかそう]まで行って来る?」
南の一見天使のような笑みに、芦澤は顔を青くして首を振った。
浄化層は鎮めの結界が張られていて、校内のいちばんすみにあるのだ。走っても片道5分はかかる。
「それじゃ、よろしく。また放課後にね」
ひらひらと手を振って、南は浄化層へと向かった。