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「俺は部室に行って道具取ってくるから、東都は先に放送室に行っててくれ」
「さっき置いてきたばっかじゃないの?」
「まぁ、校内ダッシュトレーニングで慣れてるからな」
少し前を走るため表情は見えないが、余裕のありそうな声だ。
「それじゃ、まかせたわ。よろしくね」
言って、ホールに着いた途端[とたん]に二手に分かれる。
階段を下りて放送室へとスピードを上げると、ドアの所に人影があった。
ドアに手をかけ開こうとしているのは…
「相馬[そうま]!?」
呼ばれて1年の相馬 拓人[そうま たくと]がこちらを向いた。それと同時にドアが開かれ、 中から黒い何かが溢[あふ]れ出した。
「 !!」
対処が取れず、呑まれる二人。視界が遮[さえぎ]られ、何も見えなくなる。
「うっわー。ヤバいわね。パニくってなきゃいいけど」
芦澤の言っていた<遮断者>とは、その名の通り、世界との交信を遮断する者。
居る場所は変わらないけれど、声は吸い込まれて届かないし、 もちろん向こうからの音もこちらに届いて来ない。視界も闇の中にいるようで、何も見えない。
自分は<遮断者>を知っているから良いものの、 今年入部した相馬が下手にパニックに陥っていなければ良いのだが。
「小瓶は朝に使っちゃったし、手持ちないのよね。…大人しく芦澤が来るのを待つしかないか」
助けが来る、というのがわかっているだけマシというものだ。
「えーっと、<遮断者>に遭[あ]った人は…」
部長になる際に読まされた膨大な資料の記憶を探る。
「<遮断者>、<遮断者>…。確か、少なくない割合で精神異常が認められ……って、え?」
背中に寒いものがはしる。
「精神異常なんて冗談じゃないわよ。早く来なさいよね芦澤ッ」
焦るものの、どうにもできない。
周りを満たすのは暗闇。音のしない空間。
「こんな所に長時間閉じ込められてりゃ、そりゃあオカシくもなるわね」
そう呟[つぶや]いた瞬間、目の端で何かが光った。
「 !?」
光はまたたく間に大きくなり、あまりの眩[まぶ]しさに南は目をつむった。
「っしゃ、封印成功」
馴染[なじ]みの声が聞こえて目を開けると、取り巻いていた闇は消え、 いつもと変わらない廊下があった。
「東都、<遮断者>だってわかってたんだから、突っ込んでくなよな」
振り返ると、手に対悪霊用武器を持った芦澤が立っていた。
「ちょっ、あたしがやったんじゃなくて、声かける前に相馬がっ…」
「相馬?」
芦澤の怪訝[けげん]な呼びかけに、南もくるりと振り返った。
「何、だったんですか? 今の」
「ああ、お前初めてだったっけ。<遮断者>だよアレは」
呆然として問う相馬に芦澤が答えた。
「シャダンシャ?」
「<遮断者>は<遮[さえぎ]るもの>よ。滅多に出なくて今まで対処できてなかったんだけど、 今回封印できて運が良かったわね。ヤツに遭遇[そうぐう]した人の中には、 精神的にヤバくなった人もいたみたいだけど…」
言って、放送室をのぞき込む。呆然としている放送部員らしき生徒が4人。
そのうち一人が立ち上がり、こちらへと向かってきた。
「あの…?」
「あ、悪霊退治部です。<遮断者>は封じましたんで、もう大丈夫ですよ。あ、報告書作成に、 アンケートの協力お願いしますね」
放送部員にそう告げると、南は二人に向き直った。
「あたしはソレ納めてくるから、芦澤と相馬は書類の方お願いね。お昼食べてる途中だったから、 ちゃんと食べたいの。よろしくね」
「はい。賀田[かだ]先輩にチェックしてもらった方がいいですか?」
「あ、そうね。柚香[ゆうか]にチェック入れてもらって」
「俺なんか、昼飯一口も食ってないんだぞ」
「…芦澤。んじゃあ『もう一走り』浄化層[じょうかそう]まで行って来る?」
南の一見天使のような笑みに、芦澤は顔を青くして首を振った。
浄化層は鎮めの結界が張られていて、校内のいちばんすみにあるのだ。走っても片道5分はかかる。
「それじゃ、よろしく。また放課後にね」
ひらひらと手を振って、南は浄化層へと向かった。