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 人のいない中庭へと出た南は、姫木に紙片を預けると、ウエストポーチをごそごそとかき回した。
「何をお探しですの?」
「ん――、ライターとチョークをね。入れてたと思ったんだけど……あった
 100円ライターと白いチョークを取り出すと、中庭の隅[すみ]、コンクリートに覆われた地面に、 南は文字らしきものを描いた。
「それは、何ですの?」
「ああ、念のために簡単な結界をね。また今度、一覧を渡すわ」
 手をはたいてそう言うと、南は姫木から紙片を受け取った。
 地面に描いた文字の上で紙片に火をつけ、手を放す。
 大きく炎を上げた紙が完全に燃え尽[つ]きるのを見届けて、南は足で灰を踏[ふ]んだ。
 同時にチョークの文字も消えるように、ごしごとこする。
「これでよし、と。姫木、箒[ほうき]と塵取[ちりとり]持ってきてくれる?」
「はい」
 掃除[そうじ]道具を取りに向かう姫木を見送って、ふと嫌な気がした南は、 咄嗟[とっさ]に左へと体をよけた。
「 !?」
 避けた部分を光る何かかかすめる。
 かたりと地面に落ちたのは、シャープペンシルだった。拾い上げて南は眉[まゆ]を寄せる。 ただのシャーペンかと思ったそれは、芯の代わりに先の尖[とが]った針が仕込まれていた。
 飛んできた方向を振り返り、気配を探る。茂みの向こうで息をひそめる『何か』に、 南は目を細めた。
 息を吸い込み、声を荒げる。
「嫌よねぇ。『誰』を呼びたかったのか知らないけど、中途半端な呪[しゅ]って、 厄介[やっかい]なモノまで呼び込むのよね。ほら、周り、見えるかしら?」
 告げた途端、茂みの周りを中心に無数の『影』が現れた。
 色もなく音もない。けれどヒトの形をとった無数の『何か』がぬたりと揺れる。
 ざわり、と茂みが大きく音を立てた。
 ゆらり、と一歩、『影』が茂みへと寄る。
「部長?」
 呼ばれて南が振り向くと、時を同じくしてあれ程ひしめいていた『影』がすっと消えた。
「ああ、姫木。ありがと」
 掃除道具を受け取って、灰を片づける。
「さ、これ戻して皆と合流するわよ」
「部長、今…」
「ん、ちょっとね」
 怪訝な表情で問う姫木にそう返すと、シャーペンを手に南は西校舎へと足を向けた。




→ 西校舎へ。



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