「複支路」へ戻る→*
「まだ敏感な姫木にしか影響は出てないのよね」
「はい。他の方がどう、というのは聞いていませんわ」
「…なら、もう少し様子を見ましょう。ミーティングで、何か良い案が出るかもしれないし」
とりあえず部室に戻りましょう。
言って、出入口へと向かおうとしたその時、 1人の生徒が慌[あわただ]しく職員室へと駆け込んで来た。
「先生、救急車を呼んで下さい !!」
ただ事ではない様相で、息を切らしてそう告げる。
「子供がッ !! 腕[うで]が切れて…」
「どうしたの、落ち着きなさい」
入り口近くに席を置く先生が生徒をなだめる。
「多目的ホールで…」
息を切らしながら告げられたその言葉に、南と姫木は顔を見合わせた。
「姫木、部室に行って応援頼むのと、できるだけ強力な封印具をもってきて頂戴[ちょうだい]。 あたしは多目的ホールに戻るわ」
「はい」
姫木の返答を合図に、2人はそれぞれの方向へと動き出した。
職員室を出、南は今来た道を駆け戻る。
多目的ホールに入ると、卓球部員だろうか、2人の生徒が床に倒れ、 その周りを数人ずつの生徒が囲んでしゃがみ込んでいた。
倒れている生徒は、2人とも腕に巻かれた布が赤く染まっている。
そして、その向こう。開け放たれた用具室の扉の前には、一人の子供が佇[たたず]んでいた。 ぎらりとした目がこちらに向いた瞬間。
「 !!」
重い空気が周りを満たし、南は何かが髪をなどったのを感じた。
それが過ぎ去った瞬間、するりと落ちる、茶のひと房[ふさ]。
(な !?)
見ると、刃物で切られたように、すっぱりと伸ばしていた髪の一部がなくなっていた。
感じたのは、空気の圧。
(まさか)
「かまいたち?」
恐る恐る振り向くと、壁の時計にも亀裂[きれつ]が走っていた。
(うわヤバッ !!)
倒れている生徒は、アレに腕を切られたのだろうと想像がつく。
身を守る術を、と南は腰に提[さ]げていた短刀を手に取った。人を傷つけることはできないが、 目に見えない『力』には対処ができる代物だ。
(ココにかまいたちを放つヤツなんていなかったわよね)
焦りながらも、校内の情報を思い浮かべる。
(…ってコトは、やっぱりアレよね)
触れるだけで気分の悪くなった『箱』。
それはぐらいしか心当たりはない。
短刀に何かを感じるのか、子供は南に視線を向けている。そして…
(来るッ !!)
構えた短刀に、力を送る。
空気が変わり…
「きゃっ !?」
圧に弾[はじ]かれ、短刀が多目的ホールの床へと飛んだ。
南に怪我はないものの、次に来れば対処する術はない。
子供が口を開く。
それが笑みの形を成したのを見た瞬間、直感で、「来る」とわかった。
無意識の内に両腕で頭を庇[かば]うようにして、ぎゅっと目を閉じる。
…けれど、思っていた衝撃が待っても待っても来なくて、南は恐る恐る目を開けた。
相変わらず向かいにいる子供。けれど、その表情が目を閉じる前とは違っていた。
腹立たしい何かを睨[にら]むような、そんな表情。
「…かまいたちとはね」
降るように聞こえた穏やかな声に、南ははっと後ろを仰[あお]いだ。
「せんせ…」
そこには、悪霊退治部顧問の稲見[いなみ]先生の姿があった。
「目を、閉じていなさい」
進み、片手を南のまぶたの上に重ねて、稲見教員はそう告げた。
「え?」
『目を、閉じなさい』
抗[あらが]い難[がた]い声が頭の中に直接響いて、南はぎゅっと目をつぶった。
途端、目の裏が赤く見えて、目を閉じていてもわかる程に大量の光が、 ホールに放たれたのだと理解する。
本能的にさらに強く目をつむり、それが収まった頃、そろそろと目を開けた。
倒れている生徒、さらにその周りを取り囲む生徒たち。
変わらない景色の中、あの子供だけが姿を消していた。
「東都さん」
降りかかる声と共に、南はしっかりと札[ふだ]の貼られた小箱を手渡された。
小さいながら、それはずしりと南の両手に乗る。
「その中に、さっきのが入っているんだ。それを、浄化層に納めてきてくれるかな」
稲見先生の真剣な表情に気圧されつつ、南は了承の意を告げた。
「すまないけど、頼むよ」
それを見ると、悪霊退治部顧問は、怪我人の元へと向かって行った。
と同時に、数人の教員が多目的ホールに駆け込んで来て、にわかに騒がしくなった。
(今、あたしがしなくちゃならないのはコレよね)
南は小箱をしっかりと抱えると、多目的ホールを後にした。
「部長」
浄化層へ向かおうとしてすぐに呼び止められて、南はそちらへ顔を向けた。
南の姿を見つけた姫木と柚香が走り寄って来る。
「部長、どうなったんですの?」
不安そうに訊[たず]ねる姫木に、南は小箱を示してみせた。
「アレの中身が出てたみたいなんだけど、稲見先生がコレに封じてくれたわ。 今から浄化層に行くところよ」
南の持つ小箱はきっちりと封がされているせいか、 前の『箱』に触れた時のような嫌な感じは伝わって来ない。
「怪我人は?」
問う柚香に、南は首を振った。
「ごめん。そっちは知らないの。たぶん救急車が来てるんじゃないかしら」
「それも報告書にいるかもしれないわね。わたし、行って来るわ。浄化層の方はお願いね」
「了解。そっちはよろしく。あ、姫木。一緒に浄化層に行く?」
柚香に状況把握を頼み、残った姫木に南はそう問いかけた。
「はい。ご一緒致しますわ」
「じゃ、ね」
「うん」
軽く手を挙げて、3人はそれぞれの方向へと足を向けた。