「御免[ごめん]なさい。御免なさい。御免なさい」



 そんなつもりではなかったの。



「御免なさい。御免なさい。御免なさい」



 だって、ああするしかなかったんだもの。



「御免なさい。御免なさい。御免なさい」



 私は、私は……




「佳名[かな]さん」
 びくり、と強張って上げた顔の先には、細い光が差し込んでいた。 ざくりと切り取られて入って来る、モノクロの光。
「大丈夫、ですか?」
 低い、労[いたわ]るような声。けれどそれにも怯[おび]えてしまう。ああ、ああ、ああ…。
 一歩、踏み込まれる黒い影。反射的に後ずさると、背中に壁の感触。怖くて怖くて怖くて。 毛布を掴[つか]む、手の震えが止まらない。目を閉じて、ただただこの時の過ぎるのを待つ。
 近づく、足音。
「少しは、何か食べないと体が持ちませんよ」
 何も見たくない。何も、聴きたくはないのに。
「フルーツジュース、作ってみたんですが。…置いておきますね」
 コトリ、闇に吸われる音。
 そして静寂が戻って来る。
 耳の痛くなるような感じに、少し手の力を抜く。
「御免なさい。御免なさい。御免なさい」
 口から出る呟[つぶや]き。
 ああ……。




 ごぽり。




 闇の何処[どこ]かで、泡の浮かぶ音がした。









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