「で、姉ちゃんたちは、何で旅なんかしてんの?」
 クレイは、葉で包み蒸しにされた料理を広げながらそう言った。
 目の前の蒸し料理は、広げられると同時にふわりと湯気が立つ。葉で匂いがつけられた料理は、 何とも言えず、食欲をそそる。
 くしくも昼時、人の賑[にぎ]わう食堂。とりあえず昼食をと三人の入った店は、 地元民のクレイの薦[すす]める店だけあって料理が美味しいのはもちろん、 雰囲気も良く値段も手ごろで、二人はすっかり気に入ってしまった。
「あたし達は『白の涙』を探してるのよ。ね、ラーク」
 ルナにふられて、ラークは料理を食べながらこくこくと頷[うなず]いた。
「白の、涙?」
「そうよ。白の涙。行方不明中の神器」
 ルナの返答に、クレイはわざとらしいくらい大きなため息をついて、 行儀悪くテーブルにひじを乗せた。
「姉ちゃん、それって無理なんじゃねーの?」
「どうして?」
 問うルナに、クレイはだって、と顔をしかめた。
「何年も探してても見つかんないし、例え見つかったとしてもそれが本当に神器かどうかわかんのは、 その神器の国のシャーレだけだろ。シャーレったって、他の国のシャーレじゃわかんねーじゃん。 黒のシャーレの『御告げ』もあることだし、 おとなしく『時』が来るのを待った方がいいんじゃねーの?
 ……まあ、兄ちゃんか姉ちゃんが、 『白のシャーレだ』っていうんなら別だけど。でも白のシャーレって、 神器と同[おんな]じで行方不明中じゃなかったっけ?」
 ま、これは極秘らしいけど。
 そう言うクレイに、二人は思わず顔を見合わせた。
「……あたし、白のシャーレよ」
「へっ?」
「だから、あたしは、その白のシャーレなのよ。ね、ラーク?」
「そうそう。ちなみに俺は緑のシャーレ」
「え………ええ――――――っっむがっっ」
 ルナを指さし、大声を上げるクレイの口を二人は慌[あわ]ててふさいだ。
 店にいた客が、何事かと三人の方を向く。一瞬注目を浴びる三人だが、 子供三人の姿に大したことはないと思ったのか、すぐに視線はなくなった。
 その様子にラークは詰めていた息を吐き出した。
「クレイーっっ。こんな所で叫ぶなよ」
「ご、ごめん。でも、マジで姉ちゃんが白のシャーレなのか? 行方不明中の白のシャーレって、 確か二十歳[はたち]前とかって噂[うわさ]だったけど…」
 ルナが二十歳前だとは信じられないというクレイに、二人は今までのことを話した。




「そっか。姉ちゃん達は、レイ・ナンシェ様んトコに行くんだ。…んじゃあ、 俺も一緒についてこっかな」
 煮出した茶を冷やしてゼリーにしたデザートをつつきながら、クレイはぽつりと言った。
「クレイ?」
 怪訝[けげん]に名を呼ぶルナに、クレイはにっと笑った。
「だってさ、レイ・ナンシェ様って俺だって知り合いだし、 姉ちゃん達だけ『世界』に会うなんてずるいじゃん。俺も『世界』に会いたいし」
「けど、青の神殿にいなくていいのか?」
 心配するラークに、クレイは平気平気と手を振った。
「青のシャーレは二人いるから問題ないって。それに、そんな事言ったら、兄ちゃんこそ、 いいのか? って事になるんじゃねーの?」
 思いがけないクレイの一言に、ラークは言葉を失った。
「緑の神殿には、前のシャーレのサイアさんがいるし、大丈夫なんじゃないの?」
 見かねてルナが助け舟を出す。
「ふーん。とにかく俺、一緒についてくからね。ダメだって言われても、勝手についてくから」
 そう言ってクレイは、にっこりと無邪気な笑みを浮かべた。



「囲まれたな」
 針葉樹、広葉樹入り乱れて生える山道。街道とは名ばかりの狭[せま]い道。
 ラークの声に反応してか、草陰[くさかげ]から数匹の獣が、 三人を取り囲むように姿を現した。
 バシルと呼ばれる大狼の一種である。
 体勢は低く、いつでも飛びかかれるような姿勢をとる。

 あの後、危険だといくら説得してもクレイには効果がなく、 あげくの果てに親の許可までもらったことから、 青のシャーレは二人と共に、赤の神殿へと向かっていた。
 旅は順調に進み、この峠[とうげ]を越えれば赤の神殿、という所だったのだが。

「どうする? 兄ちゃん」
 バシルを見据えながらクレイが問いかけた。
 今までなラークの太刀[たち]で何とかなっていたのだが、今回はそうはいかないらしい。
「しょうがないな。俺が足止めするから、ルナは風刃を」
「了解」
 ルナがそう応えるやいなや、バシルが低い唸[うな]り声を上げて威嚇[いかく]する。
「地縛[ディア・クレイン]、ルティア !!」
 ラークが魔法を放った途端、バシルの足がぴたりと地面につき、離れなくなった。 バシルは声を上げてもがくが、地についた四肢[しし]は動かすことなどできない。
「我らを守護せし白き風よ、その身をもって刃[やいば]と為[な]し、 我の行く手を阻[はば]みし者を、白き刃で切り裂け」
 ルナの手で、聖魔文字[せいまもじ]が描かれる。
「風刃[ヴァグ・ルーナ] !!」
 意思を持った風が、動けないバシルに襲いかかる。
 深手[ふかで]を負ったバシルは、地縛が解けるとともに、散り散りに逃げて行ってしまった。
 その様子に安堵[あんど]の息をつく。
「姉ちゃん、すげーな」
「え?」
「呪文、完ペキじゃねーのに、あんだけの魔法使えるなんて、すげーよ」
 ルナの魔法を目の当たりにしたクレイは、素直に感想をもらした。
「そんなに、すごい?」
 ルナは自分の魔力の大きさを自覚していないためか、不思議そうに首を傾[かし]げた。 ルナにしてみれば、これくらいは『当たり前』の事なので、 『すごい』という感覚はないのである。
 それを見たクレイは、ラークに駆け寄ると小声で話しかけた。
「兄ちゃん、姉ちゃんって怖いって思ったこと、ない?」
「…ああ、『世界』に逢ってないのにあれだけ魔法が使えるんだからな」
 どこか遠くを見て話すラークに、クレイはさらに言い募[つの]る。
「しかも姉ちゃんはその事、全くわかってないんだろ?」
「………」
 二人の間にしばしの沈黙が流れた。
「……兄ちゃん、姉ちゃん怒らせるのだけはやめよーな」
「ああ。」
 嫌な想像をして、ラークは深く頷いた。
「二人とも何してるの? ちょっとちょっと、早く来てみてよ」
 二人が顔を上げると、峠の先で手招きをするルナの姿が見えた。
 ラークとクレイは顔を見合わせ、互いに苦笑してから、ゆっくりと歩き出した。
「早くってば !!」
 急[せ]かされて、山道を駆け上がり側まで行くとルナは、ほら、あれと向こうを指さした。
 その指の先に見えるのは、周りよりもひときわ大きな建物。
「赤の神殿だ。ここまで来るともう一息だな」
「あれが、赤の神殿?」
 峠から見下ろした神殿は日の光を浴びて、悠然[ゆうぜん]と輝いていた。



BACK   NEXT

TOP   CONTENTS   CLOSE   NOVELS   MAISETSU



やっと第二章終了。
気を抜くと二ヶ月とか止まってて大変やったね(汗)。
次はレイ・ナンシェと『世界』。
早く『世界』書きたいよぅ。じたばた。
…どーでもいいけど、ここの中書き、気づいてる人いるんかな?