日干し煉瓦[れんが]の敷き詰められた道に、大勢の人々のざわめきと足音が響く。
 道の左右には日除けを立てた露天が並び、 白い建物が埋まるくらいの賑[にぎ]やかな色があふれていた。穀物から肉に魚、果物、乾物、 調味料。服にアクセサリーと無節操に並ぶ店々に、呼び込みや笑い声。子供の泣き声までして、 いっそ喧[やかま]しいくらいだ。けれど皆、明るい顔をしていて、 まるでこれから祭りでもあるかのような気がしてくる。
 この街ではこれが普通なのだと聞いて、ルナはあっけにとられた。白の国にいた時には、 ここまで賑やかな『日常』に出会ったことはなかった。
 大都市ガランサス。
 首都ではないものの、周りを赤、黄、黒、緑の四つの国に囲まれた青の国で、 交通の要[かなめ]となっているのがこの街である。外見も様々な人々が入り乱れ、 数え切れないほどの品物が売買される。また、運河の都市としても有名で、 大河から引いた水を街の中に流し、充実した水路が活用されている。 その水に囲まれているおかげで、 内陸といえども気温の変化が少なく過ごしやすい土地となっているのである。
 赤の国を目指し北上する二人は、緑の国を抜け、青の国の中心部まで進んできていた。


 緑の神殿を発つ時、サイアはここに残ると言った。
「体調は良くなったけれど、無理はできないもの。それに、私は緑の神に仕える者だから。 長く神殿を空けていた分、ここに留まってやるべきこともたくさん残っているの」
 そう言ってやんわりと同行を辞退したサイアは、 代わりにレイ・ナンシェ宛の手紙を託[たく]した。無事を祈る言葉とともに。
 二人はその手紙を携えて、この街までやってきたのである。


 南の砂漠を出て、今までいくつかの町や村を通って来たが、ルナにとって、 ここまで大きな街はガランサスが初めてだと言っていい。
 店に並ぶ品物は、南の砂漠では見られない珍[めずら]しいものばかりで、 存分にルナの興味を引いてくれた。
(うわぁっ。あの青いのキレー)
 ルナが店先に並ぶ硝子細工[がらすざいく]に惹[ひ]かれて店へと足を向けたその時、 いきなり目の前に男の子が飛び出して来た。
「えっ !?」
「うわッ !!」
 もちろん避[さ]けられるはずもなく、二人はまともにぶつかり、 反動で地面にしりもちをついてしまった。
「…っ痛[つ]ぅ。あ、ごめん、大丈夫だっ……」
 ルナが言い終わる前に、男の子が顔を上げた。深い藍色の瞳とルナの瞳が合う。
「 !?」
 と、ルナは南の砂漠でラークと出会った時に感じた、あの意識が浮き上がるような、 不思議な感覚に襲われた。周りの音が、遠くなる。
(何これ? どうしてこんな…?)
 向かいに座ったままの男の子も、驚いたような顔をしている。
(何? …あっ !?)
 ふいに景色が揺らいで、元に戻った。
「何なのよ、一体…」
 そう呟[つぶや]いて立ち上がると、ルナはほこりを払って男の子の方へ歩み寄った。
 ルナより一、二歳年下だろうか。地元の子供らしく、動きやすそうな普段着で、 少し長めの瞳より濃い藍[あい]の髪を、首筋の所でひとつに結んでいる。
 その右頬[みぎほほ]には、 向かって右上から左下へと一本の刀傷らしきものの痕[あと]があった。
「大丈夫だった?」
 手を貸して男の子を立ち上がらせたが、男の子はルナの顔をじっと見つめるだけで、 一言も言葉を発しない。
「な、何? あたしの顔に何かついてる?」
 あまりに見つめてくる視線に居心地悪くなって問うと、男の子は突然、 ルナの手を引いて人込みの中を走り出した。
(え? ちょっと、何っっ !?)
 いきなりの事に転びそうになったが、ルナは何とかバランスを保って道を駆ける。
「ルナっっ !?」
「ラーク?」
 一瞬、ラークの顔が見えたが、すぐに人込みに紛[まぎ]れてしまった。



「ちょっ、どこ連れてくのよ!」
 止まろうとしても、スピードがついているこの状態では転んでしまいそうで止まれない。
 男の子は人気[ひとけ]のない裏路地まで来ると、やっとルナの手を放した。
 勢い良く、くるりと振り返る。
「あんた、シャーレだろ?」
「 !!」
 いきなり指をさしてそう言われ、ルナは言葉を失った。
「やっぱりな」
 予想が当たったためか、男の子は満足げに笑んだ。
「な……どうしてわかったの?」
「『あの感じ』になったからな」
「え?」
「あんたも感じたんだろ?」
 その言葉に思い当たるものがあって、ルナは一瞬、ドキリとした。
「あの、意識だけが浮かび上がるみたいな感じの事?」
 そろりと問うルナに、男の子はにっと笑った。
「俺、クレイ。青のシャーレ」
「え?」
 さらりと言った言葉に、ルナは耳を疑った。
「い、今、『青のシャーレ』とかって言わなかった?」
「言ったよ。俺は、青のシャーレ。あんたは?」
 平然として言ってのける。
 ひとつの国に一人か二人しかいないと言われているシャーレに、 こんなにホイホイ出くわしてもいいものなのだろうか。
 そう思わなくはなかったが、堂々としたクレイの態度に、ルナは肩の力を抜いた。
「あたし、あたしは……」
「ルナ―――――― !!」
「えっ !?」
 呼ばれて振り返った先にはラークの姿があった。
 こちらにつかつかと歩み寄ってくる。
「ルナっ。お前はぐれるから勝手に……」
 そう言うなりラークは、顔に驚きを浮かべてその場に立ち尽くした。
「ラーク?」
 その視線の先にあるものは…。
「まさか、二人もシャーレに会うなんて思わなかったな」
 クレイが固まったまま呟いた。
「ルナ、そいつ…」
「俺はクレイ。青のシャーレ。よろしく、お二人さん」
 クレイはルナが言う前に名乗り、人懐っこい笑みを浮かべた。



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