ほんの僅[わず]かな浮遊感。
 音が、色が、温度が消える。くるりと風景が回転する感じ。
 けれどそれは一瞬のことで、瞬[まばた]きをした次の時には、足は地面についていた。
 行く前と変わらない、赤の神殿のホール。足元の魔法陣。
 静かだけれど、音のある世界。空気の流れのある世界。カタチと色のある世界。
 変わらない、けれどどこかで変わってゆく世界。
「ねぇ、『世界』って、ず――――っと昔から独りであの空間にいるのよね」
 何もない空間で、たったひとりでただ、世界を、永い永い時の流れを見つめ続けて。 誕生も死滅も清も濁[だく]もすべて、ひとりきりで。
 ルナは今会った姿を思い浮かべていた。透明な、曖昧[あいまい]な、 ふと消えてしまいそうな感じさえ受ける創造主。
 『彼女』は何を思ってきたのだろう。
「世界が滅びるってことは、今まで『世界』がしてきたことが全部無駄になるってことよね」
「ルナ…」
「レイ・ナンシェ様」
 ルナは赤のシャーレを正面から見据えて、歩み寄った。
 言葉は、内から出てきていた。
「『世界を守るため』なんて、言えないわね。おこがましい。あたしは『世界』が好きだわ。 『世界』の造ったこの世界を滅ぼしたくなんてない」
 目を閉じ告げる。
「…それに、あたしは滅びたくない。頭[かしら]やシーラや、みんなを失いたくない」
 きっぱりと言い切れる、自分の本音。
 たとえ捨てられた子供でも。拾ってくれたひとはいたから。 暖かい気持ちを教えてくれた人たちに、たくさんたくさん出会ったから。南の砂漠でも、 この旅の途中でも。
「それでいいんじゃないの?」
「え?」
 顔を上げると、そこには五人のシャーレの笑顔があった。
「そーだよ姉ちゃん。そんなおカタく考えなくっても、『世界』が好きだから、でいいと思うよ。 俺は」
「最終的には、自分がどうしたいかだしな」
「クレイ、ラーク…… !!」
 突然、ルナの中を不思議な感じが走り抜けた。
 衝撃に、すべての動きが止まる。
「どうしたの? ルナちゃん」
「……白の、涙」
『え !?』
 ルナの口からもれた言葉に、五人の声が重なった。
「白の涙? 白の神器がどうしたんだ?」
 ラークの問いに、ルナは首を振った。
「わかんない。今、一瞬、あたしの中を不思議な感じが通ったの。そしたら、 『白の涙』って言葉が浮かんだのよ。…何だかわかんないけど、あたし、呼ばれてる気がする」
 定まっていない視点。どこか別の場所を見ているかのようなルナに、 他のシャーレは顔を見合わせた。
「方向は、わかるのか?」
 チェスターに訊[き]かれて、ルナは南西の方向を指さした。
「あっちの方。だけどそれ以上はわかんない」
 すまなそうに言うルナの頭の上に、レイ・ナンシェはポンと手を置いた。
「反応があっただけでも、大したものだわ。『世界』に会った甲斐[かい]があったじゃない」
 にっこりと笑んで頭をなでてくれる。
 くすぐったいような、安心するような暖かさ。
「ありがとう。あたし自信ないけど、でも絶対、『白の涙』を探し出して、 世界の滅びを止めてみせるから」
 そう言ってルナも、満面の笑みを浮かべた。



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第三章終了〜vv
レイ・ナンシェが思ったより出張[でば]ってましたね。
きっと当時、 「赤のシャーレ −脱走記−」を書いてたからですね。
(↑は途中で止まったまんまです・汗)
さァ、次は「repetition」ですわ。
ヤマですヤマ。ルナシリーズの核とも言えるイベントです。
ぼちぼち書かせて頂きます。
…「白のシャーレ」の表紙、構図は考えてるのに描けなくてちょっと悔しいかも。