乾いた風が吹き抜けていく。
 干からびた地面。ぽつりぽつりと点在する植物の残骸[ざんがい]。茶色く変化したそれは、 もうすぐこの地と同化するのだろう。雨の少ないこの地では、それも自然の摂理の一つである。
 太古より雨の恵みが少ない、大陸の南の果てに位置する「南の砂漠」は、ここ数年、 その規模が拡大し続けていた。砂漠の周囲は急速に侵食され、 草木の育たない地へと変えられてゆく。
 何でも、世界全体が滅びへと向かっているらしい。南の砂漠の拡大化も、 その兆候の一つなのだと言われる。このまま時が進めば、 後100年もしないうちに世界そのものがなくなってしまうだろう、とさえ、 ささやかれているのである。…今、世界を支える礎[いしずえ]が、 ひとつ欠けているのだと。


 太陽はまだ低い。真昼には灼熱[しゃくねつ]の温度に達する地面も、 まだ熱を持ちだしたところだ。凍えるような夜から熱を持つ朝に向かうこの時間、 ルナはクーシェを走らせていた。
 クーシェは竜族に属する生き物で、恐ろしい顔に似合わず性格はとてもおとなしい。その上、 小石の多い大河の跡だろうと足のとられやすい砂の上だろうと、かまわず走ることができるので、 砂漠ではたいそう重宝されている。
 数年前からクーシェを与えられ、乗りこなしているルナには、この上ない足である。
 散歩コースと名づけられた道なき道を、いつものように進むルナの目の端に、 突如[とつじょ]砂煙が映った。
「止まって、ルウ」
 慌ててクーシェを止まらせ、砂煙の立っている方に目を向ける。
「何だろう? 砂嵐じゃないみたいだけど…」
 乾いた風が、頭に被[かぶ]った布からのぞく、黄土色の前髪と日除けのすそを揺らしていく。
「ルウが怯えてないってことは大丈夫ってことよね」
 そう言いながら、クーシェの背中をなでる。
 ルナの深い緑色の瞳に、ちらりと好奇心が映った。
「行ってみようか? おもしろそうだし」
 ルナの問いかけに応えるかのように、クーシェは一声鳴いた。 その返事に、口元に笑みが上る。
「よし。ルウ、飛ばすよ」
 言いながら、こころもち姿勢を低くする。
「行け!」
 ルナの声に、クーシェは砂煙に向かって走り出した。



「デカイな……」
 初めてそれに会った感想は、その一言だった。
 南の砂漠にはヴァーニジアと呼ばれる巨大サソリが出る、とは聞いていた。 が、巨大サソリといっても所詮[しょせん]はサソリ。せいぜい1メートル程だろうと 高をくくっていたというのに、実際目の前に現れたヴァーニジアは、軽く5メートルは ありそうである。
「あまり相手をしたいとは思わないんだがな」
 ひとりごちつつも、得物を持つ手に力を入れる。
 ヴァーニジアの赤い瞳がギラリと光る。それを見て、知らず口元に笑みが浮かんだ。
 自分の内から何かが湧き上がってくるのがわかる。気持ちのいい高揚感に身を任せながらも 言葉を紡ぐ。
「やっぱ、そんなわけにはいかないし……」
 ヴァーニジアが、毒をもつ尾を高々と持ち上げ、攻撃の体勢に入る。
「やるしかないよな」
 不敵な笑みを浮かべつつ、ヴァーニジアに向かって行った。


「あれは…ヴァーニジア?」
 ルナが砂煙の元へと着いた時、そこでは一人の旅人が大きな太刀[たち]を構えて ヴァーニジアと対峙[たいじ]していた。
 と、ヴァーニジアが尾を上げ、攻撃の体勢をとる。
「あぶなっ……」
 言い終わる前に、旅人は太刀をあびせていた。
 勝負は一瞬。
 きらめく残映と共に、ヴァーニジアはルナの目の前で真っ二つにされていた。
 大きな音を立てて、分かたれた残骸が大地に倒れる。 その鮮やかな得物さばきに、ルナは口笛を鳴らした。
「ヴァーニジアを倒すなんて、すごいじゃない」
 その声に、旅人はこちらを向いた。ルナの瞳とダークブラウンの瞳が合う。
「 !?」
 瞬間、ルナは不思議な感覚に襲われた。
(何? この感じ?)
 世界の色がなくなって、自分の体は残したまま、意識だけが浮き上がっていくような、そんな、 今までに感じたことのない感覚。
「お前、一体…?」
 旅人の言葉に感覚が戻る。
(何だったの? 今の…)
 一度も体験したことのない事態に、ルナはクーシェに乗ったまま動きを止めた。
 だが、それもつかの間のこと。ルナの目の前で、どさりと旅人が倒れこんだ。
「えっ !? ちょっと待ってよ。大丈夫?」
 慌ててクーシェを下りて駆け寄る。
「ちょっとちょっと、しっかりしてよ」
 ルナの声に、旅人はうっすらと目を開けた。
「白の…涙、を……」
 旅人はそれだけを言うと、気絶してしまった。
「え? 何よそれ? あ。ねえ、起きなさいってば」
 ゆさゆさと体を揺すってみるが、起きる気配はない。
「しょうがないなぁ。ルウ、ちょっと重くなるけど我慢してね」
 そう言って、ルナはクーシェを呼び寄せた。



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