目を開けると、知らない天井があった。
 あまり明るくはない所。布地からもれる少ない光。どうやら天幕の中らしい。 乾いた草のような匂いがする。
 どこかでピチャンと、水の音がした。
「ん…ここは……?」
「気がついた?」
 聞き覚えのない、メゾソプラノの声。
「え……? え、俺?」
 慌てて飛び起きると、そこには赤茶けた髪を肩で切り揃[そろ]えた、 十五、六歳ぐらいの女の子が、手に濡れた布を持って立っていた。すその長い簡素な部屋着。 ここ一月ほどで慣れた、白の国特有の仕立てがしてある。
「喉[のど]、渇[かわ]いてない? 水あるけど、飲む?」
 言われると、喉が渇いていることに気づいた。戸惑いながらも頷[うなず]く。
 はい、と渡された水を一気に飲み下した。
「っっはぁーっっ。サンキュ」
 礼を言うと、彼女は満足げに笑んだ。
「ルナがあんたを連れて帰ってきた時にはどーしたのかと思ったけど、大丈夫みたいね」
 言いながら、布をしぼる。
「???」
「ヴァーニジアを倒したんだって? 強いのはいーけど、体はちゃんと気を使いなさいよ。 今回はたまたまルナがいたからよかったけど、倒れたまんまだったら、今頃ひからびてるわよ」
 ふふと笑って彼女は、まだ寝ていた方がいいから、とその布を額に乗せてくれた。
「そーいえば、まだ名前聞いてなかったわね。あたしはシーラ。シーラ・ジェ・ネイデント。 あんたは?」
 茶色く澄んだ瞳で訊[たず]ねてくる。
「…俺は、ラーク。ラーク・マシェル」
 ラークは体を起こしながら答えた。人と話をするのに横になっているのは、失礼だろう。
「ふーん。ところでさ、あんたどうしてこんな砂漠に来たの? やっぱ観光?  にしちゃ時期外れよね」
 そう言ってシーラは首をかしげる。
 南の砂漠ではある一定の期間、大きな蜃気楼[しんきろう]を見ることができる。そのため、 シーズンにはかなり多くの観光客が南の砂漠を訪れる。
「そんな事より、ここは一体…? 俺はどうして、こんな所にいるんだ?」
 ラークは天幕を見上げながら、シーラに問いかけた。
 確か、ヴァーニジアに出くわして、太刀でぶった切ったような気がする。で、それから…
「ここは、『南の盗賊』の住処[すみか]よ」
「南の盗賊?」
 さらりと言ってのけるシーラに、ラークは思わず訊[き]き返していた。
「そ。覚えてない? あんた、ヴァーニジアを倒した後、ぶっ倒れたんだって。水分不足だったんでしょう? 駄目よ、砂漠をナメちゃあ」
 口調は軽いものの目の笑っていないシーラの言葉に、ラークは言葉なく首を縦[たて]に振った。
「で、ルナに運ばれてここまで来たってワケ。だからあんた、ルナに感謝しなくっちゃね」
「ルナ?」
 聞きなれない名前に少し眉が寄る。
「そーよ。見つけられたのがルナだなんて、あんた幸運なんだから。他の奴らだったら、 間違っても連れて帰るなんてしないわね」
 シーラは腕を組んで重々しく頷[うなず]いた。
「今、あんたはルナの『お客人』だから、物を盗[と]られるなんて事はないと思うけど、 一応は気をつけといた方がいいわよ。ここには手癖[てぐせ]の悪い奴が多いから」
「なーに? シーラ。あたしがどーしたって?」
 冗談ぽいシーラの声が聞こえたのか、そう言いながら天幕に入ってきたのは、 深い緑色の瞳が印象的な十三、四歳ぐらいの少女だった。
 白い袖[そで]なしのゆったりしたシャツに、同じくゆったりとした長いズボン。 腰には青い布をふわりと巻いている。黄土色の長い緩やかなくせっ毛は、両耳の横から少量をたらし、 その他は後ろでポニーテールにしていた。
「やーねぇルナってば。『お客人』の目が覚めたみたいだから、 お人好しのルナちゃんの事をちょーっと話してただけよ。ね? ラーク」
 そう言いながら、シーラはルナの頭を軽くポンポンッと叩[たた]いた。
「シーラ、人の頭を叩くのはやめてって言ってるでしょっ!?」
「いいじゃないの。別に、もっと背が高くなりたいってワケでもないんでしょう?」
「もーっっ」
 反撃できないらしく、ルナは頬[ほほ]を膨[ふく]らませた。対するシーラは、 妹分の可愛らしい様子にくすりと笑む。
「さてと、『お客人』も気がついたことだし、あたしは失礼するわね」
 部屋着のすそを捌[さば]いて、出入り口へと向かう。
「あ。シーラ、ありがとう」
「お礼は、あたしじゃなくってルナに言いなさいよね」
 ラークが礼を言うと、シーラはにっこり笑ってそう言った。


「あたしは、ルナ。頭[かしら]の娘のうちの一人。…って言っても養女だけどね。あんたは?」
 シーラが行ってしまうと、ルナはそう言って話を切り出した。
「俺はラーク・マシェル。助けてくれてありがとう」
 ラークはそう言って頭を下げた。砂漠で倒れるなど、慢心[まんしん]もいいところだ。 野垂れ死んでいてもおかしくはない。
「そんな、頭なんか下げないでよ。あんたを拾ったのだって、気まぐれみたいなもんなんだから」
 両手を前に出して慌てて言うと、ラークは頭を上げた。その行為にルナはほっとする。
「…でさ、体、大丈夫? あたし、頭に『お客人の目が覚めたら、いっぺん連れて来い』って 言われてるんだけど」
 体調を気にしているらしく、ルナは真面目な口調でそう尋ねた。
「あ、ああ。多分、大丈夫だと思う。頭も痛くないし、そんなにだるくもないし」
 体を少し動かしてラークは答える。
「そう。じゃ、案内するわ。けど、具合悪くなったらすぐに言って。一応病人なんだからね」
 深緑の瞳で見上げてくるルナに、ラークはああ、と返答した。



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