外は日差しがきつい。だから日に灼[や]かれないように、移動は日除けを被って行う。 それでも外に出ているのは僅かな人数で、この時間はたいてい皆、天幕の中にいて、 寝ていたり家事をしたり収集物[コレクション]の整理をしたりしているのだという。
 …何でも今、子供たちの間では『ミウイニウィ』を集めることが流行っているらしい。
 どんなものかと訊ねるラークに、ルナは間髪入れずに、 『砂蜥蜴[スナトカゲ]の肝を乾燥させて粉にしたもの』だと答えた。個体と干し具合によって、 色が違うらしい。
「頭、入るわよ」
 そう言ってルナが入っていったのは、いくつかある天幕のうち、一番大きなものだった。
 被[おお]いを上げて中に入ると、ひんやりした空気に触れる。目が慣れると、 周りの様子もはっきりわかるようになった。ラークは目にかかるダークブラウンの前髪をかき上げて、 天井を見上げた。木を組んで造ってある骨組みの高い部分から、 大きな布がいくつか垂れ下がっていて、それが中を区切っているようだ。よく見ると、 それぞれの布には複雑な模様が織り込んであった。
「ラーク、何してるの? 行くわよ」
 見とれていたラークに声をかけ、ルナは慣れた様子でどんどんと奥へと進んでいった。
 一番奥まで進むと、そこには、ひとりの黒髪の男が座っていた。歳は、 四十前というところだろうか。ルナが着ている服に似た、 動きやすそうな格好の上に肩から模様の織り込んである布を垂らして、腰の所で留めている。 不精髭[ぶしょうひげ]を生やしていて、落ち着いた、何とも言いがたい独特の雰囲気を放っていた。
 こちらに気がつくと、男は温かい瞳を向けた。
「連れてきたわよ、頭」
 ルナはそう言って履物[はきもの]を脱ぐと、木の皮で編んであるらしい敷物の上へと上がった。
「おう。お前さんが、ルナの連れてきた『お客人』か。何でもヴァーニジアを倒したあと、 ぶっ倒れたらしいじゃねーか」
 頭は気さくに笑うと、まあ座れや。と、ラークに席を勧めた。
「ラークっていうんだって」
 ルナが座りつつ、そう頭に告げた。
「ラーク・マシェルです。置いていただいて、ありがとうございます」
 言いながら、ラークは頭を下げた。
「なーに、ルナの『お客人』だからな。気にすることはない。俺はジン。 一応ここをまとめてる者[もん]だ。好きなように呼んでくれればいい。ま、ゆっくりしてくれや。 …お前さんはルナの『お客人』だが、ここにいる間はこき使うかもしんねーがな」
 にやりと笑んで言ったあと、冗談だ、と頭は笑った。
「お前さん、歳は?」
「十五です」
「ほぅ。…若いっつうのはいいな。縛[しば]られるモンもねぇし、身軽に動ける」
 そう言ってから頭は一呼吸置き、空気の色を変えた。目が真剣になる。その変わり様に、 ラークは身を硬くした。
「…ルナから聞いたんだが、お前さん、倒れる前に『白の涙を』って言ったらしいな」
 『白の涙』と聞いて、ラークは、はっとした。
「お前さん、白の涙の手がかり、何か知ってるのか?」
「…白の涙をどうするつもりですか」
 ラークはジンを見据えて言った。
 白の涙。白き守護神の尊き涙のように輝く、白の国の神器。
 世界のバランスを保つ、六つの神器のうちのひとつ。
 それが白の神殿より盗まれたのは、今から十八年前。未だに行方がわからない。
 世界はバランスを崩し、ゆっくりと、しかし確実に滅びへの道を歩んでいる。
 白の涙は神器。白の守護神は、風と回復を司る。もちろん、白の涙にもその力が宿っている。
 ジンは助けてもらったとはいえ、盗賊の頭。手に入れたいと思っているとしても、 何の不思議もない。
「それが本物なら、白の神殿へ届ける」
(本当だろうか。南の盗賊の頭が)
「信じられねえって顔だな」
 ジンはふっと力を抜いた。
「世界は滅びへ向かってる。それを止める術[すべ]は、 白の涙を在[あ]るべき所へ還[かえ]すことのみ」
 ジンの言葉に、今まで黙[だま]っていたルナが、え、と小さく声を上げた。
「世界が滅びるって事は、俺らも死ぬって事だろ? 俺は、そんな事もわからねぇ程バカじゃねえよ」
 そう言ってジンは不敵に笑った。
「確かに」
 ラークも、緊張をといた。
「俺は、白の涙が盗まれたという噂を聞いた母親に連れられて、 小さい頃から、白の涙を探して旅をしてたんです。…けど、母親が病気になったんで、 今は俺が白の涙を探してます」
「で、手がかりは何かあったのか?」
 ジンの問いに、ラークはただ、首を振る。
「南の砂漠に来たのも、何か手がかりはないかと思ってですから」
 その答えに、ジンは目を細め、そうか、とだけ呟[つぶや]いた。
「んで、これから、どうするつもりなんだ?」
「南の果てに行こうと思ってます。もともとそのつもりだったし、一度、見てみたかったので」
「南の果て? 海に行くの?」
 南の果て、と聞いて、ルナは思わず身を乗り出した。
「あ、ああ」
「じゃあ、あたしが案内するわ。いいでしょ? 頭」
 顔中に行きたいと出ているルナに、ジンは苦笑した。
「と言ってるが、かまわないか? ラーク」
「あ、ええ。案内してもらえるのなら、ありがたいです。ついでに、クーシェも貸してもらえると、 嬉しいのですが」
 ラークの応えに、ちゃっかりしていると思いながら、 ジンはルナに案内とクーシェの使用を許可した。
 南の盗賊の頭も、自分の娘には弱いらしい。



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