昼には考えられないほど、気温の下がる夜半。
 ガサゴソ、と毛布の中で身じろぎして、居心地の良い体勢を見つけ出そうとしていたルナは、 何だかそれすらも嫌になってがばりと身を起こした。
(眠れない…)
 いつもは寝つきの良いはずなのに、昨日といい今日といい、全く眠気がやって来ない。
 天幕の中には、複数人の寝息。それを邪魔しないように注意しながら、 ルナは頭から毛布をすっぽり被[かぶ]って、天幕の外へと抜け出した。
(散歩でもすれば、寝つけるかな…)
 冷たい空気。頭の奥がじんわりしびれる。毛布をぎゅっと握りしめて、 星明りを頼りに泉へと歩き出した。
 たどり着いた泉の畔[ほとり]には、先客がいた。
 ふちの傍[そば]に座り、空の光を映す泉の水面[みなも]を見つめている。
(あれは……ラーク?)
 ルナが姿を認めた瞬間、ラークが振り向いた。
 警戒のこもった瞳。それが驚きに変わり、すぐに張り詰めた空気が解かれた。 残ったものは、穏やかな表情。星が明るいので、夜でもよくわかる。
「お前も、やっぱり眠れないのか」
 穏やかな雰囲気[ふんいき]に、 ルナはただ頷[うなず]いてラークの隣[となり]に腰を下ろした。見上げる夜空には、 満天の星。それらを静かに映す水面。
「あたし、正直、驚いた」
 そう告げるルナは、口で言うより落ち着いていた。
「自分が世界に、しかも滅びに関わってるなんて、思いもしなかった。 昨日まで何にも知らなかったのに、それがいきなり『お前は、白のシャーレだ』なんて。 それに、十三年しかお日様に当たってないのに、実は十八だなんて。…あたし、ラークより年上よ?」
 ラークはただ黙[だま]って、自嘲気味に言うルナの言葉を聞いていた。
 何ひとつ知らされずに育てられてきたのだ。矢継ぎ早に明かされる真実に戸惑って当然だろう。 ラーク自身でさえ、頭[かしら]の言葉を100%は信じられずにいるのだ。
 そんなラークにルナはでもね、と続ける。
「でも、知ったからこそ、それがあたしにしかできない事なんだったら、やるしかないかな。 とも思ってる」
 その台詞[せりふ]に、ラークは目を見張る。
(信じているのか?)
 頭の言葉を。それとも……
(ただ、受け入れているのか)
 横顔に迷いの色はない。
(強いな)
 自分よりも暮らしてきた年数は少ないというのに。
「そうだな」
 自然と言葉が洩[も]れた。
「世界の滅びは、止めなきゃな」
 この少女がシャーレであろうとなかろうと。
 でしょ。とルナも笑む。
「白のシャーレ、クゥイン・テルナ様もいることだし?」
「ルナでいいわ。呼びにくいでしょ? それに、あたし『ルナ』の方が慣れてるし」
 そう言いつつ立ち上がる。
 つられてラークも立ち上がった。
「ではよろしく、ルナ」
 右手を差し出すラークに、ルナもこちらこそ、と微笑んで握手を交わす。
 風が、二人をかすめて通り過ぎて行った。



「忘れ物はないな?」
 早朝。そわそわして落ち着かないジンに、ルナは笑顔で頷いた。 旅装束を纏[まと]ったルナの首からは、あのペンダントが下がっている。
 他の仲間には、もう挨拶を済ませてある。ちょっと世界を見てくるから、と。 この三日で旅の用意も完璧にしたし、宴にも出させてもらった。あとは出発するのみである。
「白の神殿と、白の城には絶対行くなよ。白のシャーレはお尋ね者みたいなもんだからな。 シャーレだと気づかれるような事はするな」
「うん。わかってる。あたしもそこまでバカじゃないわ。それより頭こそ、 もうちょっと落ち着いた方がいいんじゃないの? 手下が一人ちょっと暇をもらうってだけなのに、 そんなに落ち着かないんじゃ笑われるわよ」
 くすりと笑むルナに、ジンは一瞬固まり、肩の力を抜いてそうだな、と不敵に笑んだ。
 ふと、口調が変わる。
「ルナ。お前はシャーレだろうがなかろうが、俺の娘に変わりはないからな。いつでも帰って来い。 お前には、帰る場所があるんだからな。…ラーク、娘を頼む」
 ふいに、熱いものが込み上げてきて、ルナはジンに抱きついた。
「行ってくる。絶対帰ってくるから。……行ってきます、父さん」
 ジンから離れたルナの瞳には、揺るぎない意思が映っていた。
 それを見届けて頭も力強く頷く。
 二人はクーシェに乗って、オアシスを後にした。
 白の涙を探しに――――――――――――――――世界の滅びを止めるために。



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うにゃあ。やっと第一章が終わったぁ。
まだまだラストは遠いわ。頑張らねばね。
グレン・ルナのはずなのに、ラーク・ルナになりそうでどうしようかと思ったけど、
これくらいならまだ兄妹の愛情よねv
それから、誤字脱字の苦情お待ちしています。たくさんぽいわ(泣)