外よりは暗い天幕の中、明かり取りになっている天幕の一部、 透けた布を通して細やかな光が入り来る。その光量を決めるのに試作品が何度織り直されたかは、 ジンと同じか、それより古株の者たちくらいしか知らない。
 その微妙な光は、天幕の内をぼんやりと映す。南の盗賊の暮らすオアシスの傍[そば]、 一番大きな天幕の奥には、ここをまとめる頭[かしら]とその娘、そして『お客人』の姿があった。
「だから、あたしはラークについて行きたい。ねぇ頭、お願い。たとえ無駄でも何かしたいの。 知らないふりなんて、あたしにはしてられないの」
 黙[だま]って娘の話を聞いていたジンは、心の中で一人ごちた。
(時が満ちたということか)
 自分の娘として育ててきたルナの顔を見る。その瞳には、強い意志が宿っていた。
 この娘は優しい子だが、自分の意思を絶対に曲げない子だと知っている。
 次いで、隣に座るラーク・マシェルに目をやる。
 ルナの連れてきた『お客人』。旅の邪魔にならない、 シンプルだが白の国では珍しい造りの衣装。旅慣れた雰囲気、使い込まれた様子の太刀[たち]。
 だが、そのダークブラウンの瞳は澄んでいて、ひとかけらの曇[くも]りもない。
 …娘をあずけても平気だろう。
 手放したくないというのは本音だが、それができないことも知っている。
『この子は世界の滅びを止めることのできる唯一の者』
 十三年前に聞いた言葉が胸に浮かんだ。
「白の涙は、お前を待っているのかもしれんな」
 ぽつり洩[も]らした言葉に、二人は怪訝[けげん]な顔をする。
 ジンはただ、苦笑ともつかない微笑を向けた。
「ルナ、お前は、白のシャーレだ」
「…白のシャーレ? まさか」
 ラークは半信半疑で声を上げた。
「白の、シャーレ?」
 ルナの方は何を言われたのかわかっていないらしく、きょとりと頭を見返す。
「ラークから聞いたんだろう? シャーレは、世界と同調できる者。つまり、 世界の知識を最も多く持つ者だ。お前が、現白のシャーレだと言ったんだ」
「あたし、が。白の、シャーレ?」
 ジンの告白に、ラークは声を上げた。
「そんな…噂[うわさ]では、白のシャーレは十八年前に代わったはず。 ルナは、どう見ても十八には見えません」
 ラークの言葉に、ルナははっとした。
 シャーレの力は、生まれて一週間以内の赤子に受け継がれるのではなかっただろうか?  それが本当なら……。
「あたし、十八なんかじゃないわ。十三歳よ」
 言い募るルナの声に、ジンの瞳が何故か淋し気に揺れた。
 低く、声を出す。
「五年、待っていたそうだ」
 あの洞窟[どうくつ]で。
「白の国王は愚王だと知っているな」
 二人は肯定の印にひとつ頷[うなず]く。
「…二十年前、王は先代の白のシャーレが美しい娘だと聞いて、自分の手元に置くために、 そのシャーレを脅[おど]したらしい。城に来なければ神殿を壊し、神官や巫女を殺し、 白の国の神器『白の涙』を奪うと」
「そんな。白の国王は愚王でと聞いてますが、いくらなんでもそこまでは…」
 ラークの反論にジンは首を振った。
「あの王なら実際やっただろうな。だから、先代のシャーレは城へと行った。 そして今も幽閉されている。…シャーレでも何でもない娘なのにな」
「娘? それが二十年も前の話なら、今頃はオバサンなんじゃないの?」
「まあ、話を聞け。順に聞かなきゃ、わかんねーだろう?」
 ジンはルナをたしなめると、続きを語った。


 先代の白のシャーレが城に幽閉された後、白の涙が何者かに盗まれた。
 先代はそれを感じて、王に自分を解放して欲しいと頼んだ。このままでは、 世界が滅んでしまうから、と。しかし王は聞く耳を持たない。
 そこで先代は自らが意識体となり、後継者を探すため、白の国を漂[ただよ]った。
 そして、南の砂漠に捨てられていた赤子を見つけた。シャーレとなる素質を持った赤子を。
 先代は赤子を洞窟の中に保護し、シャーレの力を受け継がせたが、 このままではこの赤子も愚王に捕まるのではないかと心配した。シャーレは、 世界の知識を最も多く持つ者と言われているから。蜜の味を覚えた王が、 欲しがらないわけはない、と。
 そこで先代は、赤子を仮死状態にして眠りにつかせ、成長を止めた。
 自分自身も意識を飛ばしている間は仮死状態で眠っていたが、赤子を眠りにつかせた後、 体に戻り、王に自分がシャーレでなくなった事を告げた。だから自分を解放するように、と。
 だが王が解放などするはずはない。しかも先代の心配通り、その赤子を探しはじめた。 先代のシャーレが力を継承したという事実は伏せて。
 先代は自分の時間を止めて眠りにつき、意識を赤子の元に飛ばして見守った。


「そのまま先代は、今も眠りについている。だから、娘のままなんだ」
(だよな。シセン……)
 意識体として現れた先代のシャーレは、美しい娘だった。あの哀しげな瞳は、 今も脳裏に焼きついている。
「じゃあ、その赤子がルナ……?」
 ジンはただ、静かに頷いた。
「今から十三年前、俺は日を避けるために偶々[たまたま]その洞窟に入った。奥に行くと、 クリスタルに閉じ込められた赤ん坊がいてな。驚いて近づくと、 先代の白のシャーレが意識体で目の前に現れたんだ。自分は前白のシャーレ、シセンだと言ってな。 で、今のことを聞かされて、赤子を育ててくれと頼まれた。『白の涙』を探してくれとな。 俺は赤ん坊を自分の娘として育てると約束した。その赤子が、ルナだ」
「あたし?」
 呆然[ぼうぜん]とするルナに、ジンは頷きかける。
 そして立ち上がると、荷物がごちゃごちゃと置いてある所から、ひとつの袋を持って戻ってきた。 その袋から、クリスタルのついたペンダントを取り出す。
「これが、お前が包まれていたクリスタル。先代のシャーレ、シセンからの物だ」
 そう言って差し出されたのは、透明な淡い青と緑の中間色のクリスタルだった。
 ルナの手に、不思議な懐かしさがよぎる。
「お前の本当の名前は、『クゥイン・テルナ』。古い言葉で『南の果ての風』って意味があるらしい」
「クゥイン・テルナ」
 ルナはそっと口に出した。
(あたしの、名前。南の果ての、風)
「ルナ」
 顔を上げたそこには、自分を育ててくれた人。
「行ってこい。お前が決めたんなら、お前にしかできないことをやってこい」
 ジンの言葉に、ルナは深く頷いた。
「ラーク・マシェル」
 名を呼ばれ、ラークはびくりと震える。
「そんなに堅くなるな。…『白の涙』に反応する、つまりそれが本物だとわかるのは、 白のシャーレのみ。ルナは正真正銘の白のシャーレだ。俺が保証する。……ルナを、頼むな」
「は、はい」
 その返事に、ジンは暖かく微笑んだ。



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