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校舎からひさしのある小道で繋[つな]がれた多目的ホール。
上履[は]きに履きかえた南と姫木は、卓球部の練習する横を抜けて、 用具室の前へと立った。体育教官室に話を通したので、鍵も入手済みである。
「…特に嫌な感じはしないわね」
念のためにと持って来た周波計も、特に変わった動きは見せない。
「ホール[ここ]はまだ大丈夫なのですけれど、この『奥』が…」
半歩後ろに下がった姫木は、らしくもなくおずおずとそう告げた。
「…じゃ、開けるわよ」
扉をガラリと引いて、中に入る。電気を点けていなくとも窓から射す光があるため、 それ程暗くはない。
ポールにボールに平均台。器具が整然と並んでいる。卓球台の出ている所だけが、広く開いていた。
≪なァに? 何か用事?≫
入るとすぐ、奥の方から底抜けに明るい声が聴こえて、床[ゆか]からすっと人影が現れた。
うねる長い黒髪。青ざめた肌と対照的に血のように紅[あか]い唇[くちびる]。格好は、 女学生の姿だ。
南はそれに驚きもせずに、ぱたぱたと手を振った。
「あー。春日[かすが]さん。悪いけどウチの部員が『ここで嫌な感じがする』っていうから、 ちょっと調べさせてもらうわね」
≪『嫌な感じ』ィー? アタシを祓[はら]いに来たとかゆーんじゃナイわよネ?≫
表情とは裏腹にトーンの高い声。
「今回は違うわ。春日さんてば上手いから、なかなか被害届も出ないもの」
<囁きの美女>である春日は、自分に必要な生気を軽く人から吸い取るものの、 頭が良いため得る人間と、その加減をよく心得ている。だから、 知らないうちに生気を吸われていても、それと気づかず被害届も出ないのだ。
≪でショーv アタシは、ラブでハッピーな日々を送ってるダケよ?≫
「ハッピーはともかく…ラブ?」
小さく呟[つぶや]いた南の疑問に、<囁きの美女>は「アら?」と小首を傾[かし]げた。
≪んふふ。こー見えテもモテるのよ? アタシv≫
「ああ、それもよく聞くわね」
『<囁きの美女>は相手の望む言葉を与える』
前に資料で読んだ事がある。その甘言[かんげん]に惑[まど]わされて彼女の元へと通うのだと。
「部長」
小さく袖[そで]を引かれて見ると、隣に春日と同じように青ざめた姫木の姿があった。
「ちょっ !? 姫木、大丈夫?」
「大丈夫ではないですけれど、それよりあの箱が…」
「え?」
姫木の指さした先には、小さな木箱が置かれていた。
「何? あれ」
「あれからものすごく嫌な感じがするんです」
倒[たお]れそうな姫木をその場に残し、恐る恐る南はその箱に近づいた。
≪なァに? アタシへのプレゼントに興味アるワケ?≫
「プレゼント?」
意外な言葉に、南は天井から逆さに出る<囁きの美女>を仰[あお]ぎ見た。
≪そォよ。でも、アタシは興味ナイから、そのまんまにしてルのー≫
「…開けていいかしら?」
≪どォぞv≫
春日の快諾[かいだく]に、南は怖々[こわごわ]とその箱に触[ふ]れた。
「 !!」
背筋を通り抜ける、強烈な不快感。
胸の辺りがムカついて、南は思わずその場にしゃがみ込んだ。
「部長 !?」
姫木の慌てた声に、南は片手を上げて応えた。
「う―――。大丈夫…でもないけど」
余波で頭がクラクラとする。
「何よコレ。こんなの、あたしでも手が出せないわよ。…春日さん。コレ、誰にもらったの?」
≪んー? 臼原[うすはら]センセイよォv≫
「……あンの国語教師ッ」
現国の中年教師を思い浮かべて、この不快感のやつ当たりをする。
「どうされます? 部長?」
姫木のひかえめな問いかけに、南は箱から距離をとって立ち上がった。