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「臼原[うすはら]先生のトコに行きましょう。こんなモノ、どうやって手に入れたのか聞かないと」
「これは、いかがなさいます?」
 箱を指して言う姫木に、南は嫌そうに眉[まゆ]を寄せた。
「ソレの処理も考えなくちゃ駄目だけど、今はどうしようもないわ。とりあえず、 置いとくしかないわね」
 ひとつため息をこぼして<囁きの美女>へと目をやる。
「ってコトで、お邪魔したわね。また来るかもしれないけど、どーぞお手柔[やわら]らかにね、 春日さん」
はァい  またネぇ
「さ、行くわよ姫木」
「はい」
 ごきげんな<囁きの美女>を後にして、2人は職員室へと向かった。




















「失礼します」
 放課後の職員室へと入った南と姫木は、座席表に目を通して、臼原教員の机へと足を進めた。
 陰鬱[いんうつ]にデスクワークをする中年教師の前には、資料がうず高く積み上げられている。
「臼原先生」
 南が声をかけても気づかずに、俯[うつむ]いて資料を目にぶつぶつと呟[つぶや]いている。
「臼原先生…ッ !!」
 軽く国語教師の肩に触[ふ]れた南は、一瞬にして自分の中を駆けた気味悪い感覚に、 びくりと手を引っ込めた。
「先輩?」
 様子のおかしい南に姫木が声をかけるのと同時に、中年教師はやっと目線をこちらへと向けた。
「何ですか?」
 鬱々[うつうつ]としたオーラを周囲に漂[ただよ]わせている教師に、 南は何とか呼吸を整えた。
「何ていうタチの悪いモノ飼ってるんですか !? お払いなり何なり、早く行って来て下さい」
 南の中を走った感覚は、やがてむくりと『怒り』を呼び起こした。
「…何の事です?」
 ぶ厚い眼鏡[めがね]を軽く押し上げて、怪訝[けげん]そうな顔をする臼原先生に、 南は肩をいからせる。
「だから、先生の中に在[あ]るモノをですね…」
「先輩、落ち着いて下さい。最初から話されないと、きっと先生にわかって頂けませんわ」
 袖[そで]を引いて言う姫木の言葉に、南は何とか激情を鎮[しず]めた。
「臼原先生」
 目を据えて、国語教師に向かい合う。
「あたし達が悪霊退治部員だっていうのはご存じですよね?」
「あ、ああ」
 虚[うつ]ろな目がカクカクと頷[うなず]く。
「…で、ですね。あたし達今さっき、<囁きの美女>に会って来たんですよ」
 陽気な自縛霊の名を出した瞬間、ぴくり、とその身体が震えたのを2人は見逃さなかった。
「……先生?」
「し、知らん。ワシは何も知らんぞ」
 しどろもどろになる国語教師に、南はポーチから札[ふだ]を取り出しながら、半眼になり、 追いつめる言葉を紡いだ。
「ねぇ先生。あんなモノ、どこで手に入れられたんです?」
「ワシはッ !!」
「てぇいっ !!」
 カッとなって立ち上がった臼原先生の額に、南は息を吹きかけた札をぺたりと貼りつけた。
 途端[とたん]に中年教師は力が抜けたように、へたりと椅子[いす]に体をあずける。
「臼原先生ー。大丈夫ですかー?」
 その様子に、今までの態度とはうって変わって、南は手をメガホンのように口に当てて、 可愛らしく問いかけた。
「あ゛ー?」
「あっ、剥[は]がさないで下さいソレ。中のモノを抑えてますから」
「あー、しかし…」
 反論の言葉を述べながらも、臼原先生は札にかけていた手を放した。
「先生、とりあえずお払いに行って来て下さい。 あたし達では手に負えないモノに憑[つ]かれてますから」
 生徒にも迷惑です。
 そう言って南が示した先には、青ざめてうずくまっている姫木の姿があった。
「だ、大丈夫か? 気分が悪いなら保健室に…」
「いえ、大丈夫です。今、先輩が抑えて下さったおかげで、大分楽になりましたわ」
 力なく笑んで、姫木は立ち上がった。
「…という事で、何とかして下さいね? ソレ」
「部長、あの『箱』はどうされます?」
 姫木に問われて、南はうーむと考え込んだ。




→ 処理しないとね。

→ 放っといてみる?



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