布張りの廊下。玄関を入ってすぐ左側が応接間。わたしの部屋からは、階段を降りてすぐの部屋。 重そうな扉が閉まっている。そこから洩[も]れ聞こえるお父様の声。 わたしは扉をすり抜けた。
「…では、娘はもう…長くない、と?」
 …え?
 お父様の重苦しい声。
 向かいに座る、法野先生。
 窓から入る、日の光。
「ええ。夏まで持てば良い方ですね」
 法野先生の、冷たい眼鏡。
 …嫌な胸騒[むなさわ]ぎ。
 誰のことを言っているの?

 オトウサマノ ムスメハ、ワタシシカ イナイノ

 何のことを言っているの?

 ナツマデ イキラレナイノ?

 これは、半分は夢。
 けれど半分は現実。

 ハンブンハ ゲンジツ

 窓の外に、ひとひらの白い花びら。
 ああ、桜が……

 サクラヲ ミニユキタイワ

 思った瞬間、わたしは桜坂に立っていた。


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