桜坂を上って、その先にある階段を登る。そこは、小さな公園になっていた。 端[はし]に置いてあるベンチに二人して座ると、柵[さく]越しに桜坂がよく見下ろせた。
「桜が、お好きなんですか?」
 穏やかな声。わたしはゆるりと口を開いた。
「話に、よく聞いていたの。それに、枝を貰[もら]ったことはあったけれど、 沢山[たくさん]咲いている所を見たことはなかったから」
 ひとめ見て、心を奪われてしまった。
 はらはら散る、白の花びら。夕闇のせまる中で、それは妖[あや]しく美しく。
 わたしは夢に惑[まど]っていた。…あの声を聞くまでは。
「あれは、貴方[あなた]だったのでしょう?」
 告げると、答える代わりに優しく微笑[ほほえ]んだ。
 三アさんの笑みとは違う、もっと柔らかな微笑み方。
「私は、寂[さび]しがりやなのですよ。ですから…」
 優しい優しい、瞳。
「気をつけて、下さいね」
 穏やかな穏やかな、声。
「貴方は……?」
 わたしの質問は、その微笑みに躱[かわ]されてしまった。


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