喉[のど]の渇きをおぼえて目覚めると、そこは闇に包まれていた。体が酷[ひど]く重い。 寒気[さむけ]がするくせに、喉だけがやけに熱い。吐く息も熱を持っている。
 水を……
 飲みたいくせに、起き上がることすらできない。
 体の中に寒さと熱が同居する。頭がぼんやりとして、何だかふわふわする感じ。
 寒い 寒い 寒い…
 熱い 熱い 熱い…
 眠ってしまえ。
 頭の隅[すみ]で声がする。眠ってしまえばもう、 こんな思いはしなくてすむから。
 変わらないよ。
 もう一方で醒[さ]めた声が上がる。眠っていても、この苦しさは変わらないのだと。
 眠ればすべてをしずめられるから。
 この苦しみからは逃[のが]れられないから。
 だって、だって、だって…

          イキラレナイカラ
 ワタシハ モウ
          シンデシマウカラ

 …ああ。

『元気になったら、劇場へ連れて行ってやろう』

『お元気になられたら、海へ行かれたらよろしいですわ』

『元気になったら…』

『お元気になられたら…』

 まだ、何処[どこ]にも行っていないのに
 お父様との約束も、ひとつも果たされていないのに。
 まだ、春も夏も秋も冬も全部、全部見ていないのに。何ひとつ、満足に感じていないのに。
 …ああ、でも――――――
 寒い 寒い 寒い…
 熱い 熱い 熱い…
 逃れることなど、できないの?
 でも、でも、でも――――――


 気がつくと、わたしは桜坂に立っていた。


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