「きりーつ。気をつけー。れーい」
「ありがとうございましたー」
ガタガタと椅子が鳴って着席する。朝のS.T.が終わって1時間目が始まるまでのわずかな時間。
ざわめく教室はその日、いつもと少し様子が違っていた。いつもなら席に着いたまま、
周りのクラスメイトと話しているだけなのだが、今朝は各自が教科書とノート、筆記用具を持ち、
次々と席を立ってゆく。
「ねぇ、皆どこに行くの?」
すらりと背の高い彼女に机の前に立たれて、教科書を用意していたクラスメイトは、
困惑気味に手を止めた。ちらりと斜[なな]め後ろ、ショートカットの女子を見る。
「依里[より]ー。行くよー」
絶妙のタイミングで扉から声をかけられて、留学生の前で固まっていた女子は、ごめんね、
とだけ残して戸口へと向かった。他のクラスメイトも、次々と廊下へ出てゆく。
その様子を冷めた目で見ながら、
相原 泳夢[あいはら えいむ]は鞄[かばん]から教科書を取り出した。
答えの得られないまま取り残された彼女は、ぐるりと周囲を見渡すと、
未だ残っていた泳夢の所へとやって来た。
「あの…」
「移動教室よ。ついて来ればいいわ」
手を止めずにそう告げると、泳夢は椅子[いす]から立ち上がった。
始業式の日、日本語のできる彼女は、クラスメイトに取り囲まれて、色々と質問を受けていた。
母親が日本人であるというガーネットは、にこやかに会話を交わしていたのだ。
「じゃあ家は?」
「ああ。grandpa と grandma が…」
「グランパだってー」
聞こえよがしに紡[つむ]がれた嘲[あざけ]るような声に、
それまで弾んでいた会話がふつりと途切れた。
声を発したのは、ショートカットの一重まぶたの女子だった。顔立ちはそうでもないが、
持つ雰囲気は威圧的なものがある。側に立つ女子と目を合わせ、くすくすと笑む。
その様子に、クラスの女子は潮の引くように留学生から遠ざかった。
見えない部分で権力を持つ片岡 晶[かたおか あきら]のこの一言で、
ガーネットは標的[ターゲット]に決定されたのだ。