シャララ、ラ、シャン

 鈴が、鳴る。
 薄い衣[ころも]が揺れる度、それに合わせて鈴の音[ね]が空気を震わせる。

 シャラララ、シャン、シャン…

 人々はただ、舞姫を見つめていた。神に捧げる神子舞[みこまい]を舞う舞姫は炎に照らされ、 その手に持った剣[つるぎ]とともに彼女自身も炎色に染まっていた。

 シャン、シャララ、シャン、シャン、シャン…

 空気を震わす鈴の音。はぜる炎。静かなこの空間では、 微[かす]かな人の呼吸までもが聴こえてくる。
 そしてその中で、詞[ことば]が紡[つむ]がれる。
 高く、低く、神を讃[たた]える詠[うた]が、神への祈りが紡がれる。舞姫は雨呼びの巫女、 翠雨[すいう]。長い黒髪を結い上げた雨呼びの巫女は、鈴を鳴らし一心不乱に舞っていた。

 シャラン…

 空を裂き、鈴が鳴る。炎が、揺れる。下げた飾りが炎に反射する[ひかる]。
 巫女はただ、舞を舞う。…神への祈りとともに。
「翠雨」
 低い声。
 あまり大きな声ではなかったが、人の息づかいまでもが聴こえるこの空間では、 それでも十分であった。一斉[いっせい]に視線の向けられた先には、一人の青年。背の高い、 優しげな瞳をした異訪者。
 ゆっくりと翠雨の元へ近づいてゆく。
「お前、『儀式』を潰[つぶ]す気か !?」
 慌てた何人かが夕凪[ゆうなぎ]に襲[おそ]いかかる。…が、 何故[なぜ]か夕凪の元へたどり着く前に、尽[ことごと]く何かに弾き飛ばされていた。 まるで夕凪の周りに見えない壁があるかのように。
「すまないが、邪魔をしないでもらいたい」
 涼しげな顔で告げ、先へと進む。
 意外な闖入者[ちんにゅうしゃ]に翠雨は舞を止め、炎に照らされながら立ちつくしていた。 はぜる、炎。炎のゆらめきだけが、翠雨の影を揺らす。
 何にも阻[はば]まれることなく、翠雨の元へと歩み寄る夕凪。もちろん、傷の跡などあろうはずもない。雨呼びの儀の舞台へと上がった夕凪は、翠雨まで残り一歩の距離をおいて立ち止まった。 固唾[かたず]を呑[の]んで見守る人々の中、夕凪は厳[おごそ]かに告げた。
「我を呼びし舞姫よ。我が鱗[うろこ]を返すならば、この地に雨を降らそうぞ。いかがする?」
 翠雨の知る、普段の夕凪からは想像もつかない言葉遣い。そして威圧[いあつ]される、 この存在感。
「『鱗』?」
 かろうじて言えた言葉に、夕凪は深く頷[うなず]く。
「其方[そなた]の持つ、白い鱗のこと。今も其方とともに在[あ]るのであろう?」
(わたしが持つ、白い鱗。今も、ともに、在る?)
 心当たりは、ひとつしかない。
(空から、落ちてきた……?)
 あの、破片のことだろうか。
 夕焼けの空から光のように落ちてきた。あれを手に入れたのは……
(凪[なぎ]の、刻[こく])
「いかがする、舞姫よ」
 問われて翠雨は半ば本能的に包みを取り出していた。何故か、 今の夕凪には逆らってはいけないと感じていた。
 包みを開けて、中のものを差し出す。
「確かに受け取った。約定[やくじょう]に従い、其方等[そなたら]に雨をもたらそう」
 夕凪のその言葉に、人々がざわめき出す。
 そのざわめきの中、夕凪は鱗を握りしめる。
「夕凪…?」
 翠雨の呼びかけに、夕凪はふっと微笑んだ。そして次の瞬間、その姿はかき消えていた。
「夕凪 !?」
「龍だ! 雨神[あまがみ]様がおいでになったぞ」
 その歓声に翠雨が顔を上げると、そこには雨雲を連れた、巨大な龍神の姿があった。
 …雨が、落ちてくる。
 ぽつり、ぽつり……
 やがて待ち望んだ雨は、大地を潤[うるお]し、川が流れ―――――――――
「……夕凪?」
 翠雨は降りしきる雨の中、ひとり、いつまでもいつまでも龍を見つめ、立ちつくしていた。



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