一日の始まりは、覗色[のぞきいろ]の薄い空と、歓喜を谺[こだま]させる高い鳥の声。 大空を司る支配者は、諧調を持つ藍の薄布を背後に据えて、東から西へぎらりと横切る。 そして一日の終わりは、朱[あか]を主とする様々な色の混ざり合う、夕焼け。 同じ色調には一瞬[ひととき]しか逢[あ]うことの適[かな]わない、空の奇跡。繰り返される、 天[そら]の旋律[せんりつ]。
 軒下[のきした]から見える青く澄み渡る空に、翠雨[すいう]はため息を零[こぼ]した。 お天道[てんとう]様は本日も機嫌がいいらしく、広い空には雲のひとかけらも見つからない。 痛いほどの日射しに、鳥の姿も見えなかった。
 雨が、降らない。
 もう三月[みつき]もの間、雨が降らないのである。日がじりじりと大地を灼[や]くため、 川は干上がり、大気は乾ききっていた。このまま日照りが続けば作物は枯れ果て、 皆[みな]は飢[う]えてしまう。…おそらく、 餓死[がし]する者が出るのは避けられないであろう。
「雨神[あまがみ]様は、どこに隠れておられるのかしら?」
 青い青い空を見上げ、翠雨はぽつりと呟[つぶや]いた。 お天道様と仲違[なかたが]いでもされたのだろうか、とぼんやり考える。
「翠雨」
 背後で低く名を呼ばれ、翠雨が目をやると、そこには厳しい表情の祖父が立っていた。 集落で暮らす人々に『社主[やしろぬし]様』と敬われる祖父は、普段が温和な人であるだけに、 翠雨は見慣れぬ表情に戸惑った。
「祖父[じい]様?」
「話がある。来なさい」
 まだ若々しい声でそう告げると、くるりと背を向け歩き出す。 突然のことに釈然[しゃくぜん]としないまま、それでも翠雨は祖父の後へと続いた。その胸に何か、 良くない予感を抱いたまま。
 家を出て干からびた細い道を通り、北の山へと坂を上る。道ばたに息づくはずの草々は水気を失い、 踏[ふ]むとかさりと音を立てた。しばらく足を運び、 この辺りを治める守り神を祀[まつ]った社[やしろ]へとたどり着く。 そして祖父が中へ入るのを見、翠雨は話の内容を予測した。社の中には、 普通の民は入ることができない。
 …迷いが、心の中にあった。それでも、引き返す事はできない。翠雨は迷いを抱えたまま、 社の中へと階段を上った。
「翠雨」
 社の中で名を呼ばれ、翠雨はす、と背筋を伸ばす。次に言われる言葉はわかっていた。
「明後日[みょうごにち]、雨呼[あまよ]びの儀[ぎ]を行う。……よいな?」
 厳しい表情で問いかける。
 雨呼びの巫女にとって、言える言葉はただひとつ。
「……はい」
 心を必死で落ちつかせ、翠雨は諾[だく]と返事をした。



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