雨呼びの儀を明日にひかえたその日、集落はにわかに活気立っていた。 とくに騒がしいのが社[やしろ]の近くの広場である。槌[つち]のふるわれる音と、 怒鳴り声に笑い声。さざめきは、山にこだまする。 男たちが総出で儀式のための舞台を拵[こしら]えているのであった。
 女たちはというと、雨呼びの巫女の舞う神子舞[みこまい]の装束を合わせたり、 神に捧げる供物[くもつ]の調理を行ったりと、こまごました仕事にいそしんでいた。 子供たちでさえ、薪[たきぎ]集めという競争のため、勇んで山へと入っている。
 そんな喧騒[けんそう]とはまったくかけ離れた所で、夕凪[ゆうなぎ]は目を覚ました。
ひどく朽[く]ちた匂い。ひんやりと冷たい床[ゆか]。目の端でとらえたものは、 細い木目から入る日の光。薄暗いそこは、納屋[なや]のようにも見える。
(ここは……)
 ぼうとした頭で考える。知らない場所、馴染[なじ]みのない匂い。 少なくとも、矢吉の家ではない。
(ここは、何処[どこ]だ?)
 起き上がろうとして、手足が動かないことに気づく。
(!?)
 どうやら、縄[なわ]か何かで後ろ手に縛[しば]られているらしい。そういえば、 頭の後ろが何だかずきずきとする。自分は一体、どうしたというのか。
(何が…?)
 思った瞬間、戸ががらりと開けられた。差し込む、強い光。
「ほう。目ぇ覚ましてやがったか」
 逆光。細める目の先には三人の人影。
 こちらへと、歩み寄る。
「ふーん、てめえが巫女様をたぶらかしてるっちゅう行き倒れかぁ。いいザマだなおい」
 見下すような台詞[せりふ]とともに腹を蹴[け]られ、夕凪は目を見張った。 呼吸[いき]ができず、口を大きく開ける。
「おいおい、このぐらいでへばってんじゃねーよ。ガタイはいいんだからよォ」
 髪を掴[つか]まれ、乱暴に引き起こされる。と、同時に顔面を殴[なぐ]られ、倒れ込む。
「わしらの巫女様に手ぇ出そうとするけぇ、こんな目に遇[あ]うんじゃ。わかっとれよ」
 悪意に満ちた声とともに、背にみしりと体重がかかる。
「くぁ……」
 内臓が潰[つぶ]れるかと思うほどの重圧がなくなったと感じた途端、頬[ほお]を蹴られ、 今度は頭に重みがかかった。
「二度とこんな目に遇いたくなかったら、ここから出てくんだな。 てめえは所詮[しょせん]行き倒れの余所者[よそもん]だ。安心しな、 てめえがいなくなって悲しむ奴なんぞ、ここにはひとりもいやしねぇからな」
 低く嗤[わら]って腹を蹴り飛ばす。胃液が逆流する。灼[や]ける喉[のど]、 縛られた手首がぎしりと痛んだ。
「か……」
「まだ遊びてぇのはやまやまなんだが、俺らも儀式の準備に行かなきゃならねぇんでな。 しばらく眠ってな」
 胸ぐらを掴まれ勢いよく殴られる。それが五発目を数えたところで夕凪は意識を失った。



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