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「消……えた?」
「どうなってるの? 一体…」
キルとシーナが消えた部屋で、二人は呆然と立ちつくしていた。
考えられない事が起こっていた。
あの二人には、特に呪文を唱[とな]えていた気配もなかった。なのに突然、 目の前から消えてしまったのだ。
目に映る部屋の様子も聞こえる音も、何も一瞬前と変わらないのに。なのに、 二人の姿だけがそこからなくなってしまった。
「こんな事って…こんな、人が消えるなんて……」
ルナはそれだけ口にすると、二人が消えた場所をただ見つめていた。
ラークはそんなルナを通り越し、本当に消えたのかを確かめようと、 二人がいた辺りに足を運んだ。
( !?)
そこに立った瞬間、ラークは奇妙な感じを受けた。
体の一部がねじれるような、変に不快な感じ。
「これは……空間が歪[ゆが]んでる?」
「え、何?」
ラークの呟[つぶや]きに、ルナもその場へと駆け寄った。
「空間が歪んでる。どうやら、あの二人は『時』を飛んだみたいだな」
「時を飛んだ?」
眉[まゆ]をしかめるルナに、ラークはああ、と頷[うなず]いた。
「でもあの人たち、呪文を唱えてるような感じは全然なかったけど」
ルナの指摘にラークも考え込む。
「時の間[はざま]に落ちたか、何かの拍子[ひょうし]に流されたか……いや、 それなら俺たちが平気なハズないしな。―――もしかして、あの二人、 緑の王家の血を引いていてるのか?」
「王家の血? どうして? 王家の血を引いてると、何かあるの?」
不思議がるルナに、ラークは目を向けて肯定した。
「王家の血には、特別な力が宿ってるんだ。だからこそ、 王の位に就[つ]いてるっていう話もあるしな」
「特別な力? 何それ?」
「何でも『守護神の特別の御加護[ごかご]』を受けているらしい。今の赤の国の一番下の姫は、 空間を自由に渡れるらしいっていう噂[うわさ]、聞いたことないか?」
唐突[とうとつ]に言われて、ルナはうーむと考え込んだ。記憶をたどる。
「んー、『赤の姫が家出したらしい』っていうのなら聞いた覚えがあるけど。確か、 緑の姫と一緒だったとか……って、あぁっ !! 思い出した !! 聞いたことあるわ、それ」
噂は噂だ。真実がどれぐらい含[ふく]まれているかなど、知る由[よし]もないが、 仲間内で『お姫様が家出なんかできるのか』と話題になった時、 赤の姫君は空間を渡る能力があるのだと聞かされた記憶がある。
「王家の血にはそういう力があるらしい。ま、赤の姫ほど力が使えるのは稀[まれ]らしいけどな。 で、同じように緑の王家の血を引く者は『時を飛ぶ』ことができるらしい。だから…」
「あの人たちが、緑の王家の血を引いてるかもしれないって?」
ラークの言葉をルナが続けた。
「末端[まったん]の血なんか引いてても、おかしくないと思うしな。ま、あくまで推測だし、 ここが緑の国だって事も関係してるのかもしれないな」
ラークがそう締[し]めると、しばらくの間、沈黙[ちんもく]が二人に横たわった。
それを打ち破ったのは、けど、というルナの呟きだった。
のどの奥からしぼり出したような声。俯[うつむ]いているため、表情は見えない。
「けど、いくらそんな事がわかっても、あの二人が時を飛んだんじゃ、白の涙を取り戻せない」
(世界の滅びを止められない――――――――)
「ルナ」
「だってそうでしょ? 過去に行ったんだったら、何処[どこ]かにあるのかもしれないけど、 もし未来に行ってたりしたら、何にもできないじゃないっ !!」
ルナは顔を上げた。悔[くや]しくて、知らずに唇[くちびる]を噛[か]む。
「…あの二人を追いかけよう」
ルナの激情に圧[お]されることなく、ラークは静かに言葉を発した。
「追いかける? どーやって? あの二人は『時』を飛んだんでしょ? できるわけないじゃない。 そんな事」
「ルナ、俺が緑のシャーレだって事、忘れてないか?」
「え?」
見上げたラークは、至極[しごく]真剣な表情をしていた。
緑の守護神が司るのは、『時間』と『大地』。
ラークは緑のシャーレ。しかもここは、緑の国。
「俺だって『時空移動』の魔法、使えるんだよ。…ったく、頼りにされてないな」
「本当に?」
「ああ。疑[うたぐ]り深いな」
(じゃあ、まだ止められるの? 世界の滅びを)
ラークはふっと表情を和[やわ]らげた。焦茶[こげちゃ]の瞳が優しく緩[ゆる]む。
「行くか?」
その表情に、ルナは何故[なぜ]か一瞬、ドキリとした。
やや間をおいて俯く。
そして静かに目を閉じた。
見つめるのは自分の心の内。
今しなきゃいけない事は何?
…したいのは、何?
見渡してみると、ひとつの風が、自分の内にあるのを感じた。
動く、吹く風。
顔を上げた時、ルナの瞳には強い意志が映っていた。輝き出す、深緑の瞳。
「うん、行く」
(まだ、諦[あきら]めない)
そう告げると、ラークは不敵に笑って、ルナの頭をポンポンッと軽く叩[たた]いた。
それでこそルナだと言わんばかりに。
…かつてシーラがした様に。
ルナは何故かそれが、少しだけ嬉[うれ]しかった。
※
「―――――時を司りし我が守護神、緑の神フィルよ」
ラークは部屋の中心に立つと、瞳を閉じ、呪文を唱え始めた。
「真偽を司りし黒き神、セージよ」
指先は淡い光を持って空間を滑[すべ]り、聖魔文字[せいまもじ]を描いてゆく。
「我は願う。我が生きるこの時が、常に我と在[あ]る事を。違[たが]う事なき真実で、 我と共に繋[つな]がらん事を。時は今、過去と未来によりて創らるる『時』なり」
聖魔文字が完成し、輝きを増す。
「時糸[キエン・クリス]、ルティア !!」
ラークが詞[ことば]と解放のコトバを放つと、闇がラークを包み込み、 やがて糸状となったそれは、ラークの左手首に巻きついた。
その先は、意思を持ったかのように床を滑り、ラークを中心とした魔法陣を描き出した。
置かれていたテーブルとイスを端に寄せたので、部屋には広いスペースができている。 それを埋[う]めるかのように、闇色の糸はうねり、緻密[ちみつ]な模様と文字を描いてゆく。
魔法陣が完成すると、ラークは部屋の隅[すみ]にいたルナを無言で呼び寄せた。
ルナが傍[そば]に来たのを確認し、再び別の呪文を唱え出す。
「時を司りし我が守護神、緑の神フィルよ」
すらりと伸びやかに描かれる聖魔文字。
「我は願う。『世界』の見つめる時間の中、流れ落ちる時の砂を手に、時の流れを渡らん事を。 悠久[ゆうきゅう]の流れの中、我にその道を示されん事を」
聖魔文字が完成する。迫[せま]り来る感覚に、ルナは息を呑[の]んだ。
「時空移動[パースレイ・クリス]、ルティア !!」
闇色をしていた魔法陣が淡い緑の光を放ち、それに包まれた二人は、流れゆく『時』を飛んだ。
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