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白の国の首都ペリオルム。
国の中心よりやや北側に位置するこの街は、東西南北の交通の要のひとつであると同時に、 白の国で一番大きな都市として知られている。
街の中心部に大きく在る白の城。そこから放射状に伸びる6本の大通り。 それぞれの色を持ちながら賑[にぎ]わうそれを基[もと]として、 路地が枝分かれしている。
大きな川のない内陸の都市だが、地下水脈に恵まれており、街中でも井戸がよく目につく。
クゥイン・テルナとラーク・マシェルは、その通りのひとつから城を見上げていた。
物資の運搬が激しくなされる通りではなく、大きな家の多い居住区であるためか、 人通りは他の大通りより少ない。
見上げた白の城は、その名にふさわしく光を反射して純白に輝いていた。作りとしては、 いくつかの塔と中心の大きな建物に別れていて、 それらをいくつかの連絡路がつないでいるようである。
門から城までが遠いため詳しくはわからないが、それでも大きな建物だと知れる。
「行くか?」
ラークが短く問うと、ルナは先にある城の門に目を向けた。
「無謀[むぼう]なカケよね」
ふっと笑みをこぼす。苦笑のような強がりのような、それでも向かう強さのある、そんな笑み。 けれどそれは、隣[となり]に並ぶラークからは見えない。
「そうだな」
「ま、ダメもとで頑張ってみるとしますか?」
冗談めかしたその口調に、思わずラークはポンとルナの頭の上に手を置いた。
何かと見上げるルナは、真剣な瞳にぶつかった。
「別の方法とってもいいんだぞ?」
ラークの言葉に、けれどルナはにこりと笑った。ラークから視線を外す。
「でも、これが一番確実でしょ? …無謀は無謀だけど、はぐらされるよりずっといいと思うわ」
強気な笑顔でラークを見返す。
その覚悟にラークはそうか、とだけ言った。
「…行くか?」
ルナはその問いに頷[うなず]くと、門へと向かって歩き出した。
「あのぉ、すみませぇん。あたし、白の国王にお会いしたいんですけどぉv」
にっこりと可愛らしく笑って、若い門番にそう告げる。浮かべる笑みは、 一見して悪意のない純粋なものである。
突然の子供の言葉に門番は一瞬、戸惑[とまど]ったものの、ルナの容姿を見てああ、 と妙に納得した顔を見せた。
「『黄土の髪に深い緑の瞳の女の子』か、なるほどね。上から聞いてるよ。今、 案内の奴[ヤツ]を呼ぶからちょっと待っててくれるかな?」
門番のその対応に、ルナとラークは思わず顔を見合わせた。
(何? 上から聞いてるってどういう事?)
予定では、魔法を使い、門番から城の情報を聞き出した後、 シセンの部屋に直に乗り込むつもりだったのだが……。
(一体どういう事なの?)
疑問に思うものの、門番は小屋へと入ってしまい、訊[き]くに訊けない。
「どうなってるのよ?」
眉をしかめて小屋を見る。
「わからないな。…だが、城に入れるなら、『誰か』と間違われるのに甘えておくか?」
入ってしまえば、あとは中で動けばいいだけだ。 門番より詳しい情報を持つ者に『当たる』可能性も少なくない。
「ま、この『門』をクリアできることに違いはないわね」
第一段階が突破できるのなら、ついて行くのも悪くないかもしれない。
そうこうする間に、馬車が門へとたどり着き、ぴしりとした服装に身を包んだ男性が降り立った。
ご案内します、と礼儀正しく告げる使者に、二人は気を引きしめて後に続いた。
少しの間、馬車に揺られて行くと、城の入り口へとついた。
間近で見上げる純白の城は、視界に入りきらず、荘厳な威厳を放っている。
ぼうっと外観を眺めている訳にもいかず、二人は促され、中へと入った。
入り口の広間を抜け、廊下を進むうち、ルナは軽い既視感[デジャ・ヴュ]に襲[おそ]われた。
大理石の壁。上等の布の惜しげなく敷[し]かれた広い廊下。繊細[せんさい]な飾り。
(そっか、『世界』と同調した時に…)
あれはやはり白の城だったらしい。
「どうぞ、こちらへ」
豪奢[ごうしゃ]な扉の向こうは、謁見[えっけん]の間だった。
広くとられたホール。曲線を帯びた天井には、きらびやかな絵が描かれている。
扉の正面、中央の奥にはどしりとした玉座。そこには、 両側に兵士を待機させた王とおぼしき人物が、腰を落ち着けていた。
いきなりの展開に、ルナはラークを見上げた。
まさか、謁見の間に通されるとは思ってもみなかったのだ。
ラークもルナを見ると、微[かす]かに頷[うなず]いた。
その様子に、ルナも覚悟を決める。
(え?)
ルナは奥に座す人物を見、違和感をつのらせた。
(違う。あの人は、白の国王じゃない?)
玉座には、『世界』の記憶の中とは別の人間が座っていた。
てっきり王と会うものだと思っていたのだが。
(ひょっとして、王が病気だから、代理でいるの? ……こうなったら、しょうがないわね)
ルナとラークは玉座の前で膝[ひざ]をつき、頭[こうべ]を垂れた。
「よく来てくれた」
低い、よく通る声がホールに響く。
「…名は、何という?」
その問いに、ラークが緊張しつつも答える。
「お目にかかれて光栄です。私はラーク・マシェル。そして――――――」
「クゥイン・テルナと申します」
ルナは顔を上げてそう言った。言いながら、その右手は聖魔文字[せいまもじ]を描いている。
「風縛[ディア・ルーナ]、リベラ・ズィオン !!」
玉座につく男に向けて、詞[ことば]と解放のコトバを放つ。
「 !?」
何かか裂[さ]ける様な音が響き、風が男の動きを封じた。
壁から落ちる、数種の飾り。
どうやら、魔法を封じるものだったらしい。けれど、ルナの魔法はそれを破[やぶ]って発動した。
兵士が慌てて男に駆け寄ろうとする。
「動かないで !!」
ルナの声が、部屋に響く。
兵士はその声にびくりとして立ち止まった。
ルナとラークはゆっくりと立ち上がる。
「動くと、その人の身体を真っ二つにするわよ」
強く宣言し、ルナはこの場の者たちを制した。
「どういうつもりだ?」
男がルナを睨[にら]む。
ルナも男を見据[みす]えた。
「あたしは白のシャーレ、クゥイン・テルナ。前代の白のシャーレ、シセン様は何処[どこ]? すぐにあの方を解放して」
ルナがそう告げた途端[とたん]、大きな音を立てて後ろの扉が開いた。
「シセン……殿」
男の呟[つぶや]きに二人が振り向くと、そこには巫女装束を着た薄青紫色の髪の女性が、 毅然[きぜん]と立っていた。
その顔は、『世界』の記憶にあった美女。
「シ…セン様?」
険しい顔をした美女は、凛[りん]と声を張り上げた。
「クゥイン・テルナ、その方の術を解きなさい。その方は、白の国の新王様。 私は、その方により監禁を解かれています」
「新王、様?」
ルナが信じられず問いかけると、男はああ、と頷いた。
※
「本当にごめんなさい」
ルナはエルムに深々と頭を下げた。
考えていた状態とは違っていて、ルナは恥ずかしさに眉をきゅっと寄せる。
「まぁ、良い。先王が病に倒れたというのはずいぶん前に公表されていたから、 私の即位の時もあまり騒がれなかったしな」
それよりあの結界が破れた事の方が大きいな、とエルムは苦笑して告げた。
ここは、謁見の間から少し離れた場所にある応接間のひとつ。
あの騒ぎの後すぐ、二人はこの部屋に通されていた。
品の良い、風通しの良い窓からは、燦々[さんさん]と光が射し込んでいる。
勧められたソファは柔らかすぎず、かといって硬[かた]くもない絶妙なものだった。
今は、エルムに対して、ルナとラークとシセンが机をはさんで並んでいる。
もちろん、入り口にはエルムの護衛が隙[すき]なく控えていた。
「で、クゥイン・テルナ殿。白の神器は……?」
ひとまず落ち着いた後、エルムはそう言って話を切り出した。
神器が白のシャーレと共にある事は、シセンから聞いている。
けれど、その言葉にルナとラークは険しい顔をし、無言のまま布の袋をコトリ、 とテーブルの上に置いた。
「これは?」
エルムはそう言って袋を手に取った。
カチャリ、と石の様な音がする。
「それは、『白の涙』の……破片、です」
「何?」
驚いて袋を見つめる。
口を開くと、白いガラスに似た破片がいくつか現れた。
「これが、白の神器だと?」
何かの冗談を言われているのかと、エルムは二人と手の中のそれを見比べた。
「間違いなく、白の国の神器『白の涙』です」
ルナはどことなく沈んだ口調でそう答えた。
その様子に本気を感じて、エルムは頭が一瞬真っ白になった。
神器といえば、国の宝、世界の礎[いしずえ]のひとつ。淡い光を放ち、 神々しく神殿にあるのだと子供の頃にさんざん聞かされたのだ。それが、 こんな玩具[おもちゃ]のように自分の手の中にあるなど。
「しかし、何故[なぜ]神器がこんな事に……」
エルムは呆然[ぼうぜん]とその破片を眺めた。
「わかりません。あたしが手にした途端に、いきなり割れたから」
そう言って、ルナは自分の手のひらを見つめる。
「それは、どういう事だ?」
エルムの問いに、ルナとラークは今までの事を話して聞かせた。
エルムは神妙な顔で二人の話を聞いていた。
「では、白の神器の壊れた今となっては、 世界の滅びを止める事はもはや不可能だということか……」
「それは、違うと思う」
ルナは静かにエルムの言葉を否定した。
「あたしが『世界』に逢った時、『世界』は『まだ、大丈夫』って言ってたから」
音ではない、けれど伝えられた『世界』のメッセージ。
「『まだ、大丈夫』?」
「そう、あたしがあたしである限り。『世界』が『世界』である限り。そう言って、 『世界』は白の国の方を指さしてた。だから、あたしは白の国に戻って来た」
そう告げて、シセンを見る。
「『世界』は、あたしなら『シャーレの本当の力がわかるはず』って言ってた。でも、 あたしは『シャーレの本当の力』なんてわからない。 もしかして貴女なら知ってるかもって思ってここに来たの」
「俺も、『シャーレの本当の力』っていうのが何なのかわからないんです」
ラークも申し訳なさそうにそう言った。
シャーレは『世界の知識を最も多く持つ者』。けれど、どの情報が有用で必要なものなのかは、 シャーレ自身が判断しなければならない。
例えば、数年前に日照りが続いて干上がった湖があったことを知っている。 栄養のある土である作物がよく育つことも知っている。それは知識だ。けれど、 だから干上がった場所の土を使って作物を作ればいい、というのは人の知恵。 知識同士をいかに結びつけられるかは、シャーレ自身によるのだ。
そして、あまりに多くの情報を『当然』として持つシャーレは、 どれが特別な知識なのか、判断がつかないことも多いのである。
二人のシャーレの言葉を聞いて、シセンはそっと目を伏せた。
そして、一呼吸後、歌うように涼やかな声を響かせた。
「シャーレとは器なり
すべてを知る者 そのこころの器
すべてを知らぬ者 その想いの器
夢は幻 幻は夢
すべてを知る者 すべてを知らぬ者 すべてを司る者
その者の器なり
その者
すべてを知る者にしてすべてを司る者
すべてを司る者にしてすべてを知らぬ者
すべてを知らぬ者にしてすべてを知る者なり
すべてを知る者 器にてそのこころを投じ
すべてを知らぬ者 器にてその想いを注ぎ
すべてを司る者 器にてその力を授く
風は騒ぎ 世界は揺れ
器にて力は放たれる
夢は幻 幻は夢
遙[はる]かなる想いを受け継ぎし者
シャーレとなり 器となる」
言い終えると、そっと目を開ける。
「それは、一体…?」
エルムの問いに、シセンは穏やかに答えた。
「今、私が申し上げたのは、白の神殿に伝わる口伝の一部です。内容は、 解読されてはいないのですが、おそらくはシャーレについての事だと思われます」
「シャーレが、器?」
問い返すラークに、シセンはええ、と頷いた。
「けれど、シャーレとは『世界』と同調できる者であり、神器を護る者であるともされています」
「『すべてを知らぬ者にしてすべてを知る者』って、もしかして『世界』のことなんじゃ…」
言うルナに、シセンは軽く頷き返した。
「ええ。一説ではその様に言われています。『すべてを司る者』というのは守護神のことではないか、とも。シャーレは、たいていの魔法を使う事ができますから」
「しかし、それではおかしくはないか? その『世界』が守護神であるとなってしまうが」
エルムの言葉に、シセンは少し困ったような表情を見せた。
「ですから、まだ解読はされていないのです」
その応えに納得しきれなくて、ルナはうーむと考え込んだ。
(シャーレは器。器、うつわ、ウツワ、うつわ、器、注がれるもの、『世界』、力、守護神、器、 神器。え?)
「あの、神器の役割って、何だったっけ?」
ルナのいきなりの問いに、全員が顔を上げた。
「神器って、これの事か?」
ラークがテーブルの上に置かれた白の涙の破片を指して言った。
「そう、その神器」
「神器というのは、『世界のバランスを保つ物』だと聞いているが」
「それに、『守護神の力が宿っている物』でもあります」
エルムの言葉にラークがつけ足した。
(守護神の力が宿っている…? 『器』?)
「それに加えてもう一つ、『守護神降臨の媒介[ばいかい]となる物』でもあるとも聞いています」
「守護神降臨?」
シセンはええ、と頷いた。
「普通は無理なのですが、神器を媒介とすれば、 力の強い者なら守護神を呼び出すことができると言われています。ただし、 かなり大きな危険性もありますけれど」
(守護神降臨、神器、器……)
ルナはしばらく俯[うつむ]いていたが、ふいに顔を上げてシセンの方を向いた。
「白の神器を造ったのは、白の守護神よね」
「ええ、そう言われているけれど」
「じゃあ、白の守護神なら、これを元通りにできるかもしれないのよね」
言いながら、破片を見る。
「ルナ?」
ラークが不思議そうに名を呼んだ。
「シャーレが器で神器も器なら、もしかしたらあたしも、 守護神を呼び出すことができるかもしれない」
「クゥイン・テルナ?」
シセンも訝[いぶか]しげに名を呼ぶ。
「あたし、守護神を呼び出してみるわ」
そう宣言したルナの瞳には、強い意志が映っていた。
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