← →
「殺される? 何で?」
あたしわかんなくって訊[き]いた。
だっていきなし『殺される』って言われても実感ナイし。殺人事件なんてあったこともないし。
「そりゃあ、俺が殺されようとしてるからだろ」
「何で? 何か悪いことしたの? 人でも殺してきたの? 実は指名手配中の強盗犯なの?」
「…お前。何か勘違いしてないか?」
「え? 何が? だって殺されようとしてるんでしょ?」
言ったら思いっきりため息吐いて。
「『悪いこと』なんか、してないさ」
もっとも、何が『悪いこと』なのかもあんまりわからないけどな。
うなだれて言うから。
「じゃあ何で?」
「……俺の存在自体が邪魔なんだそうだ」
他人事みたいな口調。
「何ソレ?」
ジャマだったら殺されるの? 何かそれ、違う。ジャマなヒトなんていっぱいいるけど。 …母さんは、「いらないひとなんて、誰もいないのよ」って言ってたけど。あれはたぶん嘘だし。
けど、だから殺されるっていうのは変。何か違う。たぶん。
「変だよ、ソレ」
言ったらばさばさって音がした。
「『飛天[ひてん]』の翼はな、普通は対で生えるんだ」
「つい?」
「ああ、対だ。2枚1組って事だ」
落ち着いたみたいな妙にサめた声。
「で、俺はいわゆる奇形なワケだ。片方しか、翼がないんでな」
「キケイ? じゃ、飛べないの?」
「……お前、ヒトの傷にざくざく来るな」
何か、さっきとは声がちょっと違くて。
「あ、ごめん。そーゆーの考えてなかった。あたし、そーゆーの考えるの苦手なの」
「……ま、いいけど。俺は飛べないわけじゃないし」
「え? 片っぽしか羽なくても飛べるの?」
鳥とかって、片っぽでも怪我してたら飛べないんじゃなかったっけ。
「まぁ、風の流れとちょっとしたコツがつかめれば、どうにかな」
それに、飛天は翼そのもので飛ぶわけじゃないからな。
何でもないことみたく、さらり言った。
「ふーん、そーなんだ。あ、でも何でキケイだとジャマなの? 飛べるんだったら、 別にジャマじゃないじゃん」
言ったら、即答じゃなくて、ひと呼吸おいてから。
「将来、危険分子になりかねないからだと」
悲しそうな、キカイみたいな、不思議な声でそう言った。
「……何で?」
別に羽が方っぽしかなくても、フツーに飛べるんだったら何にもナイよーな気、するけど。
訊いたらどうしてか、くって小声で笑って。
「お前、面白いヤツだな」
って。あたしの頭、くしゃくしゃなでた。
「何よ。ちょっ、やめてよ」
アタマ、半がわきなのに。
「もー何なのよぉ」
むぅってふくれて。けど、隣じゃ変わらずくくって笑ってる。
「だってお前さぁ、 今の聞いて『つっこんじゃいけないトコに触れたかもしれない』とかって考えないわけ?」
「へ? 何で?」
何が『つっこんじゃいけないトコ』なの? んなトコ、あった?
言ったら、爆笑して。
「お前、イイな。その感覚[センス]、サイコー」
さっきまでとは別人みたいに笑って。
何かバカにされてるみたいで、あたし、むくれて黙[だま]ってた。
隣は、何とか馬鹿笑いおさめて、おっきく深呼吸して。
「あー苦しかった。涙出たのひさびさだな」
とか言ってるし。
もー何かヤな感じ。
けど、しばらくしてふいに、あたしの頭におっきな手、ぽんぽんって乗せた。
「飛天の翼はな、その者の精神状態をかなり反映してるんだ」
真面目な声。
「だから…俺の翼が片方しかないのは、精神的なものなんだ。精神のバランスが取れてないから、 片方しか翼がないんだと」
雨の音のなか雷がピカッて、体育館のなか、そめた。
横顔、見えて。
何か、泣きだしそうな、あきらめたみたいな、そんな表情[かお]で。
何かわかんないけど、どーにかしなくちゃいけないみたいな気がして。でもあたし、 何にもできなくて。
『あーちゃんは、オコサマだから』
前に言われたコトバ、何でかわかんないけど急に浮かんで。
雷の音といっしょに、心臓が、どうしてかきゅぅって音、立てた。
BACK NEXT
TOP CLOSE NOVELS MAISETSU