「ふーん、火星の物価ってそんなに高いんだ」
 『マーキュリー・レストスペース・ザ・ウァターニンフ』なんて大層な名前のついたレストランでラズベリーソースのパイをぱくつきながら、私はキーノの話を聞いていた。
 キーノは月―火星の雑貨品運送屋らしい。
「そうそ。だから月から輸入した方が、ずっと安いんだよ」
 そう言うキーノの手には、レタスシーチキンのクレープ。
「アイェラは? 見たところ、はっぴぃクンと二人だけど、 せっかくの旅行なのに一緒にくるヒトいなかったの?」
 好奇心オウセイな瞳。
「いないんなら…」
「オシゴトよ」
 それだけ言って、手についたソースをなめる。

『ごめん。急に仕事が入って』

 あのひとの『休み』なんて当てにならない。
 地球[ほし]の産廃処理なんて忙しくて難しい職業に就[つ]いちゃって、 一緒にいれる時間なんてどんどん減っちゃって。デートなんて、どれだけしてないと思ってんのよ。 でも…。
「もういいし。ヒトリ遊びは得意になったんだから」
 慣れちゃえばもう平気。淋[さみ]しくなんて、ないんだから。 …はっぴぃだって傍[そば]にいてくれるし。
「だからって、浮気はないんじゃないか? アイェラ・ジャンヒート」
 フルネームを呼ばれて後ろを向けば…。
「な…… !?」
「この方でよろしいですか♪」
「ああ、ありがとうR・C」
 ひょこひょこと耳を動かすR・Cにコイン払ってるのは、ここにいるハズのないひと。
「…ど、して?」
 だってあんなキマジメ仕事人なのに。今日なんてばりばりの平日で、ここにいるはずなんて、 ないのに。なのに、どうして?
「使わせてもらえなくて貯まりまくってた有給休暇、強制使用してきたんだよ」
 拗[す]ねたような声で私の腕をつかんで。
「 !!!」
 私を腕の中に閉じ込めて…って何 !?
「ウェン !?」
 もがいて顔を見ると、視線は私じゃなくてキーノに。
「アイェラは俺んだから」
 え?
「はっぴぃ」
 ウェンの声に、はっぴぃはキーノのひざから私の足元に。
「じゃ。」
 短く言って、私の体が浮き上がって…って !?
「ウェン !? ちょっ、降ろしてよ !!」
「ヤだ」
 私の抗議なんて気にせず、抱えたまんまレストランを出る。
「『ヤだ』じゃなくってぇ」
「降ろすとアイェラがどっか行くから嫌だ」
「 !!」
 顔が赤くなるのが自分でもわかった。…もぅ、この独占欲過多男がッ。
「…行かないから。降ろしてよ」
「…本当に?」
「本当に。」
 静かな声に、ウェンは私を地面に降ろした。でも腕は放してくれない。
「ウェン?」
「置いてくなよ。頼むから」
 切ないくらいな声色。
 ウェン…?
 私はそっとウェンの背中に腕を回した。
「浮気じゃないわよ、あれは。キーノは私じゃなくてはっぴぃが目当てだもの」
「え?」
「ったく莫迦[ばか]よね。ね、はっぴぃ?」
 見上げるつぶらな瞳。ぱたぱた振るしっぽ。嬉[うれ]しいような、くすぐったいような、 そんな気持ちが込み上げる。

 きゅるるるるるるぅぅっ

「?」
 今、奇妙な音が聞こえたのは、ウェンの…?
「いや、アイェラ探してたからランチ食ってなくて。えと、その…」
 微妙に赤い顔。
 ぷっ。
「んふふふふふふふっ。あははははははっ」
 何か、笑いが止まらない。まったくウェンてば。
「アイェラ、笑うことはないだろう?」
「ごめん。じゃ、ランチ食べに行こうよ」
 浮かんだ涙をぬぐって言う。
「素敵な料理があったのよ」
「どんな?」
 つないだ手と、足元でじゃれつくようについて来るはっぴぃ。
「メニューには確か、そう『びんづめのうちゅう』」
 宇宙中のシアワセを詰め込んだ料理らしいから。
 さっきは食べる気にはならなかったけど、今ならいいかもね。
 くすくす笑って腕を絡[から]める。
 R・Cの跳ね回る月で、はっぴぃと一緒にシアワセのランチを


The End.



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